平成十六年御柱祭

おんばしらまつり





正式な祭りの名称は「諏訪大社式年造営御柱大祭」で、寅年、申年と6年に一度行われる祭りである。 (かぞえで7年に一度という言われ方もする)
上社、下社とも「山出し」と「里曳き」があり、「山出し」が4月、「里曳き」が5月に行われる。

〜上社山出し〜
諏訪大社の氏子達が各地区ごとに担当になった御柱、上社では 本宮4本、前宮4本の計8本を「山出し」する。
その曳航途中に「木落し」、「川越し」など見どころがある。
今回は4月2,3,4日が上社「山出し」期間で、私が3日に見てきた写真を紹介します。

【左】前宮一の御柱 木落しの瞬間
本宮一、前宮一、本宮二、前宮二・・・という順番に曳航されるので、 この前宮一は二番目に木落としされた。柱の太さも一番大きいものが本宮一となり、次第に細いもの となる。



【上・左】本宮一の御柱 木落し
先頭の曳航なので注目度も一番高い。どの御柱を担当するかは 二月に抽籤式(ちゅうせんしき)で決められた。やはり本宮一の籤を引くために、各地区の代表は かなりのプレッシャーがかかるようだ。
上社の御柱には前後に「めどでこ」といわれるツノが取り付けられる。これは男神を祀る上社だから という説、曳航途中の道が悪く、綱を多く取り付ける為などの説がある。
めどでこは見せ場である木落し、川越しの時には長いもの(7m)に取り替えて、片側12人も乗せ、迫力を 持たせる地区もある。

【上】前宮一の御柱 木落し寸前  めどでこが壮観な眺めだ。

【上】前宮一の御柱 木落し
木落しというと下社のほうが木落し坂の長さがあり、斜度もきつく迫力があり、 全国ニュースでも有名であるが、上社の木落しは「壮麗」という感じ。 ゆっくりと、めどでこが傾かないように、いかにきれいに落とすかに注意を払う。



【上・左】前宮一の御柱 川越し
木落し坂から先は中央線の線路をくぐる為、一回めどでこをはずす。
そのあと国道20号を越え、中央道の下をくぐり、川越しの難所、宮川手前でめどでこを取り付ける。
まだ、川の水温は3度という中、氏子達は川の中に入って柱を渡す。


【左】本宮二の御柱 川越し
今日は本宮一、前宮一、本宮二の御柱までが川越しを行った。
ここでもめどでこを傾かせないように、うまく渡すと観客から拍手喝采がわき上がる!

川を越したところにある安国寺前の御柱屋敷で約一ヶ月置いて、5月に「里曳き」が3日間行われ、最後に 御柱は「曳建」が行われて本宮、前宮の四隅に建ち上げられる。


〜御柱屋敷〜



【左上】安国寺前 御柱屋敷 本宮の4本  「屋敷」といっても建物があるわけではなく、 川越しを終えた所の広場にある。上社の御柱は里曳きの前に樹皮を剥ぐ。この日(4月23日)現在では 本宮一の御柱、前宮四の御柱が剥ぎ終えていた。
【右上・左】本宮一の御柱先頭部  めどでこの穴が開いている。奥の宮川に近いほうに前宮の 四本がある。


【左下】前宮の御柱  川越しを終えた所にあり、山出し祭の時の混雑がうそのようにひっそりと 眠っている。
【右下】手前 前宮一の御柱  まだ樹皮を剥いでいない曳航の時のままの状態。




〜新しい御柱〜

【左上】前宮一の御柱  【中上】手前が前宮二の御柱、奥が前宮三の御柱  【右上】前宮神殿
前宮神殿(ごうどの)は中世には大祝諏訪氏の居館があった所。すぐ東隣りの山が 干沢城で詰め城となっていた。


【左から】本宮一の御柱、二の御柱、三の御柱、四の御柱



〜下社山出し〜


下社山出しは春宮、秋宮各4本、計8本の御柱を曳航する。見せ場は全国的に有名な迫力ある 木落し。今回は4月9,10,11日の3日間に行われ、10日に私が見てきた写真を紹介します。

【左】下社木落し坂  写真では上半分が隠れてしまっているが、 100mの急傾斜は見るだけでもスゴイ。上は県道199号、下は国道142号 となる。

【左上】木落し前のセレモニー  木落し坂に御柱が着き、曳き綱が八の字に張られた、その真ん中で 独特のかけ声「木遣り」が次々にうたわれ、垂れ幕が開かれたりと気分を高める。
【右上】秋宮四の柱 木落し  下社の木落しでは追いかけ綱と呼ばれる御柱の後ろに張られた綱を ピンと張っておき、斧(よき)で綱を切る為、土煙の中をイッキに下ってくる。
そして御柱と群がる氏子達との迫力ある風景。しかしほんの一瞬・・・

【左上・右上】春宮一の柱 木落し  下社の御柱はめどでこをつけない。各行程を曳航する柱の担当地区も 元々決められているなど上社との違いが結構ある。



【左】木落し後の曳航  御柱はこの後国道142号を下り、1q先の「注連掛(しめかけ)」 と呼ばれる地まで曳航され、5月の里曳きまでそこで眠りにつく。


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