八幡平陣城

はちまんだいらじんじょう




この陣城は武田信玄が安中城松井田城 を分断するために築いたもので、 永禄5〜7年(1562〜64)両城が落城するまで機能していたと思われる。
遺構は無いが首塚が残っており、これは昭和6年に偶然発見された。 その後、調査が行われ約150個分の頭蓋骨が積まれていた。 これは戦国時代の首級を江戸時代中期またはそれ以前に村民によって偶然発見され、 ここに改葬されたものと考えられている。
信玄と安中氏、長野氏の戦いによる犠牲者のものであろうと推定される。
<場所>安中市簗瀬
<行き方>国道18号原市小入口を反対側(南方向)へ
直進約500m、突き当たりを右折してすぐ右折
<駐車場>首塚脇に3台
<撮影日>2004年6月
<参考文献>『日本城郭大系』4


【左上】お堂  首塚にあるものでここは古墳(円墳)の墳丘であった。そこに穴を掘って 首を埋めてあったという。
【中上】北側の眺め  耕作地が続いており、陣城としての遺構は無さそうだ。
【右上】南側  一段低くなって道が通っている。さらにその先300m、崖下に碓氷川が流れている。
この付近が高台になっているのは確認できる。



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