鷹ノ巣城

たかのすじょう




板鼻城ともいわれるこの城は永禄年間(1567頃)に武田信玄が築き、依田肥前守を置いたという。 本城の東にある小丸田出丸は江戸時代初期、里見讃岐守義高一万石の陣屋となった。
現在は宅地、耕作地となっており、遺構はほとんど確認できない。
<場所>安中市板鼻
<行き方>高崎方面より国道18号から
県道26号に入り板鼻へ
板鼻1信号の次の信号を右折し
古城住宅団地方面へ
坂を上りきった所を右折し約80m
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2004年6月
<参考文献>『日本城郭大系』4

【上】碓氷川より鷹ノ巣城の眺め  写真右側の山が本城で南西側(写真左側)の断崖上が鷹ノ巣砦。 そして本城の東側には小丸田出丸がある。

【左上】鷹ノ巣城主郭付近  山の頂上にあたる部分で現在果樹園になっている所だと思われる。 この舗装道は東西に城域の中心部を通る道で、宅地化が進んでいる。
縄張りはこの主郭を中心として放射する螺旋状の空堀が取り巻いていた。この空堀には折れが多数あり、 横矢が掛けられるようになっていたという。
【中上】主郭西側  果樹園の西側には堀跡と思われる窪地がある。藪で詳細はわからないが、主郭周囲の 堀であろう。
【右上】北側  堀跡の道を挟んで反対側も藪となっており、何か遺構があるのでは・・・ 奥の方に小山状の部分があり、櫓台とも見ることができるが。

【左上】主郭北東側  先程の藪の東側は一段下がって耕作地となる。この部分にも堀が通っていたのでは ないか。
【中上】(推定)大手口  地形としては西側は尾根続き、東側に張り出た舌状台地で、北から東、南に かけては麓部分が急斜面である。この写真の奥が西側で尾根続き方面。板鼻の町から登ってくると( 写真左側)この交差点にでる。
【右上】県道より登ってくる道  交差点部分から写したもので、左側の林(藪)が城域。

【左上】本城より鷹ノ巣砦  写真は北面だが南面は碓氷川に面して断崖となっている。元々 この地を鷹ノ巣と呼んでいた。県道に面したコンクリート壁に沿って登る道がある。
【中上】鷹ノ巣神社  県道から200m程登って来たところにある祠で、この奥には 昔は寺があったようで山門が残っている。さらに奥へと進むと寺にあったと思われる石碑、 崩れた石段などがその面影を伝える。北斜面に削平地が確認できるが、当時の遺構かはわからない。
【右上】砦より碓氷川の眺め  南側の眺めで安中市街方面が一望できる。この砦はのろし台として 使用されたと思われる。
   


【左】碓氷川より小丸田出丸の眺め  奥の台地部分。本城の東側にあり、現在は老人センターの敷地となっている。



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