朝倉山城

あさくらやまじょう




朝倉山城は別名塩沢城ともいい、大門峠へと向かう道の麓にある朝倉山の山頂にある。 天文11年(1541)に武田氏が諏訪侵攻後、塩沢安兵衛が信玄に従ってこの城を守った。 この地は八ヶ岳西麓の山浦地方、諏訪の南部を一望でき、佐久、小県、川中島方面へ出る大門峠への 道を見下ろす要衝の地にあり、狼煙台として使ったという伝承がある。
眼下には街道の関所、武田軍の足溜りとしての役割りをしたと思われる 湯川城が見渡せる。城の縄張りは小規模なもので、主郭を中心として南側に二の郭、三の郭、北側に 後郭、東側の尾根に狼煙台に使われたと思われる東郭などを配し、郭間には堀切が通っている。
朝倉山城と麓の湯川城がセットになっていて機能していたと思われる。
<場所>茅野市北山
<行き方>茅野市街より国道152号功徳寺を過ぎた所を西へ入る
そのまま道なりに約1q 右に入り口の案内板あり
<駐車場>登山道前に数台
<撮影日>2003年11月
<参考文献>茅野市編『茅野市史』中巻 中世・近世 1987年


登山口からの風景  八ヶ岳がきれいに見える   登山道入り口の案内板 この形の看板は 茅野市内の信玄に関わる史跡に使用されている。結構目立つので車で走っていて、ふと見つける事がある。 朝倉山城の案内板も国道からの曲がり口からきちんと表示されている。

上 主郭  主郭の周りに高さ3m程の土塁が囲んでいる。登山口は上に載せた北東側からの道と、 三の郭下からの南側の道とがある。北東側からの道は「勘助道」と呼ばれているが山本勘助と関係あるのかは 不明。南側の道が大手道だろうが、登り口は車を停めるスペースが無い。 どちらから登っても約20分程で主郭にたどり着く。

左 主郭より二の郭方面  上 二の郭より主郭  尾根上にある郭群は小規模で細長いが間には堀切が あり、東、西側下には腰郭が設けられている。

左上 二の郭  右上 三の郭  南側からの登山道に沿って主郭まで祠や石仏がかなり見受けられる。

左上 主郭より東郭  堀切を隔てた向こうが東郭だが、ここは狼煙台として使用されていたという。 確かに見晴らしは素晴らしく、北は車山、大門峠からはじまり正面は八ヶ岳、南は山浦地方や 粟沢城方面、遠くに南アルプスまで270度のパノラマである。
右上 大門峠方面 上の棒道、中の棒道、 大門街道すべて見渡せるであろう。

左上 東側麓にある湯川城  湯川城は桝形城と原の城の二つを併せた呼称である。 この二つの城は大門街道を挟む形であり、この付近から大門峠までは同じ道筋で中の棒道が通っていた。
右上 原の城部分の拡大  現在は耕作地になってしまいほとんど遺構は無いが、周りの堀や川筋が 当時の形を偲ばせる。

左上 桝形城部分  こちらも耕作地になってしまっている。
右上 拡大  この写真の中央部付近に、ほ場整理以前丸馬出しが残っていたが現在、遺構は何も無い。 「茅野史」の中世編に残っていた当時の写真が載っている。

左上 南方面の眺め  遠くに南アルプスが広がる
右上 朝倉山城の麓から桝形城方面  音無川と滝ノ湯川を挟んで20m程の崖上にある。


城の遺構としては見るべきものは少ないが、このように眺めは素晴らしくいい。
これだけでも登る価値はあるだろう。この付近の地形がよくわかる。



城館探訪〜長野県〜へ戻る