粟沢城

あわざわじょう





ここは鎌倉〜室町時代に諏訪氏の支族である粟沢氏が館を構えていた。その後天文年間に諏訪頼重の 従兄弟の諏訪越中守頼豊がここに住み、頼重が没した後は同じく諏訪氏の支族沢氏、沢重信が粟沢城に 入った。
東側背後に小泉山があり北は上川が流れて断崖になっている。上川の向かい側には鬼場城がある。 西側は開けて諏訪盆地を一望できる位置にあり 八ヶ岳西麓の統治や諏訪盆地の出入り口として、小規模ながら重要な役割を果たしたようである。 諏訪氏の支族が代々居城していたことからも想像できる。
現在は宅地化してしまい遺構はほとんど破壊されてしまったが、館跡が広場になっており、その周囲に 土塁が確認できる。
<場所>茅野市玉川粟沢
<行き方>茅野市街より県道188号を東へ
粟沢橋を渡り約600m先左側に城跡看板あり
車はその先左折し、坂を登った所を左折すると館跡の碑があり
<駐車場>館跡に10台
<撮影日>2003年10月
<参考文献>茅野市編『茅野市史』中巻 中世・近世 1987年




左上 粟沢城の主郭部  城というより館という感じである。現在は広場になっており手が加えられてしまったため、周囲の 一部に土塁、県道に面した斜面に削平地らしきものが確認できる程度。
右上 館跡周囲の土塁  写真手前が碑の建っている所。

左上 県道側より 粟沢城の大きな看板があるが・・・
右上 城域の西隅に位置する粟澤観音  元々小泉山にあったもので、天文年間兵火にあって諏訪の方に移す際、 粟澤氏慰霊のため祠堂を造ったのが始まりだという。


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