福島城

ふくしまじょう




福島城は天文〜弘治年間(1532〜58)頃に木曽義康によって築かれたと考えられている。 それ以前は須原城を 中心としていた木曽氏はこれ以降福島を拠点とした。
天正12年(1584)小牧・長久手の戦いの時、豊臣秀吉側に付いた木曽義昌に対して、 徳川家康は松本の小笠原定慶に福島へ攻め込ませた。 その時上之段城は焼かれ、 義昌は福島城に立てこもった。
関ヶ原の戦い以降は木曽代官を命ぜられた山村氏が南麓にあった居館を代官屋敷として使用した。

【左】上之段城より福島城方面  福島城は詰め城であったと思われる。比高250m、福島の町中からだと 徒歩で約1時間かかる。
<場所>木曽郡木曽町福島
<行き方>国道361号上町信号北へ 木曽川を渡る。 興禅寺を過ぎたら左折し、木曽福島郷土館方面へ。
郷土館を過ぎて100m右側林道入口有り。 そこから約1.8q
<駐車場>代官屋敷東側有料駐車場 もしくは林道脇路駐
<撮影日>2004年6月
<参考文献>『日本城郭大系』8



【左】福島城縄張り図  三つの郭とその間に堀切、主郭周辺に竪堀が見られる。

【上】城山林道  郷土館を過ぎて約100m程の所、右側が入口で砂利道が続く。
ここから約1qの地点で車を降りて、徒歩で約800m登る。
今回私は中央橋の北詰にある町営駐車場から徒歩で行ったのだが、片道1時間のハイキングになってしまった。
林道の車から降りる地点には一台分の駐車スペース有り。

【左上】二の郭、三の郭間の堀切  登山道を登ってくるとここに出る。案内板はしっかりついているので 迷わず来る事ができる。写真奥が三の郭方面で、少し細尾根を行くと削平地に出る。
【右上】二の郭  15m四方程の狭い郭である。

【左上】主郭  小さい削平地とその間に堀切という簡単な造りであるが、これだけ山の中にあれば、 落とすことは結構難しいだろう。
【右上】主郭北側  細尾根上に腰郭が数段付いている。


〜興禅寺〜


【左上・右上】木曽義仲の墓  福島城麓の興禅寺墓地にある。この墓地にはその他に 木曽家代々の墓、山村代官家の墓などがある。


【左】木曽氏代々の墓
木曽義仲の墓の左後方にある。墓石自体は結構小さくこぢんまりしている。
その背後上部には山村代官家の墓が並んでおり、こちらは仰々しい程に大きい。



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