花岡城

はなおかじょう




花岡城は城主、築城年代は定かではなく、諏訪氏の支族である有賀氏の支族、花岡氏の居城と いわれている。承久年間(1219〜22)の頃有賀四郎がここにいたという記録がある。
天文17年(1548)武田支配に対しての諏訪西方衆の反乱が起こり、その中に花岡氏も西方衆と して入り信玄に敗れ、有賀氏のいた有賀城に原美濃守が入り、花岡城は廃城になったものと思われる。
<場所>岡谷市湊
<行き方>県道16号、諏訪湖釜口水門の西側
釜口橋を過ぎてすぐ山側に細い道を入ると
城の南側に出て、駐車場がある。
<駐車場>城の南側に10台
<撮影日>2003年10月
<参考文献>『日本城郭大系』8


【左上】主郭  主郭の西側に高さ5m程の土塁があり、そこから撮影。
【右上】二の郭  主郭の土塁から撮影。間には空堀があり、二の郭の西側にも土塁が確認できる。


【左】二の郭より西側風景 ここは諏訪盆地から天竜川沿いに伊那方面へ抜ける道が通る 要衝の地である。
この下に数段の腰郭があり、現在城の東側に湖岸道路が通っているが当時はこちら西側に向こう側の山との間に道が通っており、伊那口へと通じていた。 東側は諏訪湖が断崖の裾を洗っていたのであろう。大手口が西側にあるのが納得できる。

【左上】主郭北側段郭 下には天竜川が流れていてそこからこの段郭が続く。
【右上】主郭南東側段郭 諏訪湖が一望できる。



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