蓮城

はちすじょう




蓮城は南北朝期に土豪の砦があったと思われるが、現在みられるような縄張りになったのは、 戦国期に入ってからである。
最初は飯山城の支城として上杉氏の城であったと思われ、 永禄7年(1564)前後を境に武田氏に攻略されたと思われる。
飯山城攻めの最前線拠点として機能していたようで、後方には同じく千曲川沿い上流に 壁田城替佐城と武田方の拠点が控えている。
<場所>飯山市蓮
<行き方>国道117号古牧橋北信号から北へ50m
細い路地を左折し正面の山
<駐車場>古牧橋北側土手に駐車スペース有り
<撮影日>2004年8月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】南側より蓮城  直下に国道、千曲川が流れるため、国道脇はコンクリートで 崩落留めの加工がしてある。

【左上】二の郭より主郭切岸  南側は千曲川が流れ断崖、西側も断崖になっている。 二の郭は最高所にある主郭の東側から北側を取り巻くように位置する。その下に腰郭が確認できる。 写真は東側部分。
【右上】二の郭北側  北側は主郭下部分がやや窪地になっており、空堀状になっている。写真左側 が主郭、右側は二の郭から隆起している。逆に東端では高低差が反対になっており、間に土塁が あったりと、やや複雑な構成となっている部分。

【左上】主郭  飯綱社の祠がある。東西約40m、南北約20mの大きさ。
【右上】主郭より南側の眺め  直下に千曲川が流れ、南へ約2qの位置に壁田城がある。 写真一番奥の尾根上になる。

【左上】東側麓の空堀  南北に約100mの空堀が確認できる。その東側が居館推定地となっている。
【右上】居館推定地  かなり広い削平地がひろがっているが、現在北側は墓地となっている。 さらに東側下は腰郭と思われる削平地もある。

【左上】居館北側 空堀  墓地の北側に小規模ではあるが、堀が確認できる。
【右上】東側麓より蓮城方面  国道から路地を入った所。正面中段に居館跡があり、 空堀を経て、登っていく。
登山道はついていないので、南寄りの崖沿いに山頂を目指していく。 いくぶん道がついているが、途中は藪になっているところもあり。



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