平尾氏館

ひらおしやかた

《別名》 白岩城・平尾屋敷城




平尾氏は芦田氏と系統を同じくし、小県郡依田に居住していたが、宝徳、享徳年間(1449〜54) 頃、岩村田に本拠を持つ大井庄の地頭、大井持光に攻められ幕下となる。修理亮為泰は平尾の地に 移り、平尾氏を称した。
3代目守信の時、大井氏宗家が村上氏の攻撃を受けて滅亡し、自立して 平尾城を築いた。

【左】主郭付近  湯川の段丘崖に築かれた館で、北、西側は断崖となっている。小学校の北側が 主郭跡となるが、現在はこの付近一帯耕作地となっている。
主郭の南北にもそれぞれ郭があったようだが、遺構は残っていない。

<場所>佐久市上平尾
<行き方>県道156号、平根小学校付近
<駐車場>無し 小学校脇に路駐
<撮影日>2005年11月
<参考文献>『日本城郭大系』8
佐久市志編纂委員会編『佐久市志』歴史編2中世
1988年


【左】うとう坂の堀切  城域南端の堀切といわれる。この坂を下りると湯川の段丘下に出る。



〜感想〜
『大系』によると東側にも堀があったようだが、現在の県道の道筋が堀跡であろうか。 崖沿いに土塁のような形跡も所々あるが、当時のものか何ともいえない。
同じ湯川の段丘崖を利用して約2q下流に大井氏の居城 大井城がある。
しかし、大井氏が滅亡すると平尾氏は時代の趨勢を読み、この館から約1q東に 位置する平尾城に移った。


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