今井城

いまいじょう





今井城についての史料は無く詳細は不明であるが、『南佐久郡誌』によると 集落名が「今井」であること、集落の西側に「義仲屋敷」と伝承する地があり、城の東南に あった羽黒神社が今井四郎兼平の氏神であったともいわれていることなどから、今井城の 主は木曽義仲の武将、今井四郎兼平の館である可能性も否定できないとしている。
だが、現在残っている縄張りは、大井氏の支配時代に造られたもののようである。

【左】今井城主郭東側  公民館前の案内板から南側の道に入り、突き当たりを右へ行くと、 畑の中の道へと入っていく。すると「今井城」と書いた杭が立っており、その手前に堀切の跡が 確認できる。
<場所>佐久市今井
<行き方>県道139号三河田信号南側約200m交差点を西へ
約400m先公民館前、案内板より徒歩200m
<駐車場>案内板前に路駐スペース有り
<撮影日>2005年9月
<参考文献>南佐久郡誌編纂委員会編『南佐久郡誌』古代・中世編 1985年
佐久市志編纂委員会編『佐久市志』歴史編2中世 1988年


【左上】堀切南側  一面耕作地となっているが、堀切跡部分は確認できる。写真では先で堀切が右側へ折れて いるので、前方が二の郭となる。
【中上】堀切北側  城域南側は千曲川が流れ、断崖となっている。また、北東から西側へ沢が千曲川へ流れ込んでおり、 主郭部は三方を断崖で囲まれた形となっている。そして東側に堀切を配し、その外側に二の郭、さらに 三の郭まであったようだが、遺構ははっきりと確認できない。
【右上】主郭西端部より東方面  主郭部分は「城」と呼ばれ、三の郭西部分には「馬場」地名が残る。

〜感想〜
主郭部の堀切がわずかに確認できる程度である。この地域一帯は大井氏の城館が多く残っているが、 やはり小規模な平地館は遺構がほとんど残っていない。
義仲は根井行親を後盾として信濃の兵を集めている。 根井氏館は北東約1.3qの地にある。 この付近に今井兼平の館が一時的にしろあってもおかしくはないか・・・


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