岩村田城

いわむらだじょう




岩村田城は江戸時代末期岩村田藩1万6千石の内藤氏が築城を開始したが、明治維新をむかえて 未完に終わった城である。
元禄16年(1703)に岩村田に入封した内藤氏は陣屋を現在の本町と荒宿の中間に置いたが、 手狭になってきたため、藩士は早い時期から居住地を上ノ城に求めた。安政5年(1858)に 城主格に昇格した藩主内藤正誠は元治元年、上ノ城に新城の建築を開始した。 しかしまもなく明治維新となり取り壊された。
<場所>佐久市岩村田
<行き方>県道44号鼻顔稲荷前信号南へ入る
岩村田小学校目指し約400m
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2004年4月
<参考文献>『日本城郭大系』8


【左・上】岩村田城 天守台予定地?  岩村田小学校の向かいに神社が二つあり、東側の 藤城神社に石碑が建っている。この付近が一番の高台であり、残されている図面には 天守閣も建つ予定だったとあることからすると、この付近が予定地だったのでは。

【左上】招魂社  西側の神社で明治3年建立。ここには「上の城址」の案内板が建っているが、 内容からすると岩村田城の事をいっているようだ。
現在はこの二つの神社付近が少し高台になっていて、城域北辺となり何かしらの施設があったものと思われる。 図面では東と南は湯川の断崖、西に大手となっているので、小学校は中にスッポリ入ってしまう 広大な敷地であったようだ。現在、縄張りの原形はとどめていない。
【中上】招魂社内部  【右上】小学校前の道から招魂社側
人工的な盛り土などがあるが、築城当時のものなのかは不明。


【左】藤城神社より北方面
桜の咲いているところが大井城の中の王城。王城までは 直線で約600m。



城館探訪〜長野県〜へ戻る