上の城・下の城

かみのじょう・しものじょう




諏訪大社下社春宮の背後にある城で、 西は塩尻峠、北は和田峠へ通じる交通の要所であり、 谷を挟んで東の山吹城と共に関門の役割を果たしている。
確実な資料は残されていないが、規模、位置から下社大祝である金刺氏が築城したと思われる。
永正5年(1518)下社、上社の争いで下社方金刺昌春はここに立てこもったといわれる。
また、武田信玄の支配下になった時、横田備中守が居城したという。
<場所>諏訪郡下諏訪町東山田
<行き方>県道184号下社春宮突き当たりを左折
北小入口信号の次を右折 約400m先左折北上
約300m右側に高圧線鉄塔がある先右側が入口
<駐車場>入り口に駐車スペース2台
<撮影日>2004年5月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】諏訪湖対岸(岡谷市側)より  写真中央山の高台に社中学校があり、その背後の尾根が 城域。
写真右隅の谷に国道142号中山道が通っており、反対側の尾根には 山吹城がある。


〜下の城〜

西側を福沢川、東側を鋳物師沢に挟まれた尾根上にあり、下部が大手郭と呼ばれる郭群、その上に一の郭、二の郭がある。
登山道入口から大手郭をじっくり見て一の郭まで約40分。

【左上】大手郭  登山道入り口から200m程登ると左側尾根上に大手郭と呼ばれる郭群が あり、写真の削平地の上に2段続く。
【中上】空堀状の道  郭を抜けると右側には5m高の土塁が迫り、左側上には大手郭の 主要部があり、狭い空堀状の道が50m程続く。現在は大手郭群を回り込むように登山道が あるので、ここは通る必要がないが、当時は大手道の関門部分であったろう。
【右上】大手郭主要部  大手郭群の中で中心的な郭と思われる。柵があって中には入れないが、 高台なので他の郭を見渡せる。

【左上】一の郭  登山道に戻り100m程行くと、左側に下の城入口の案内板がある。
そこを登って左上の尾根上が一の郭、堀切を挟んで二の郭がある。
【右上】二の郭背後の堀切  土橋が確認でき、この先尾根を登っていくと上の城へとつながる。


〜上の城〜

下の城からさらに20分程登った所にあり、詰城的な役割があったと思われる。 山頂部にある郭を空堀が2条から3条取り巻いているという諏訪地方にはここだけと思われる縄張り である。
背後の尾根上にも自然地形と思われる平地が細長く100m続き、さらに下りながら段郭状に100m程続く。

【左上】上の城東下  下の城から登山道を約20分登ると左側に上の城案内板がある。
ここから急な斜面を登って行くが、本来は下の城から尾根上を登って行くルートであったろう。
【中上】水の手  主郭東下中腹に数段の郭があり、湧き水がある。ここが水の手であろう。
【右上】主郭部  下諏訪ではめずらしく藪化していない!手入れされていた郭。南北70m、東西50m 程の楕円形。


【左】主郭にある石碑  表に「上城址之碑」とあり、裏には

一、当城址は武田信玄の臣横手彦左エ門の居城址との伝説あり
一、発見遺物に拠れば先史原史時代より戦国時代まで引続き山城として使用せられたるものなり との説あり
一、城址内に三条の空堀址及古井を有し付近に下城馬飼場入堀切前出堀切等の地名を存す
昭和四年十一月  東山田住人樋口辰之助茂治建之

とある。

【左上】一条目の空堀南側  消滅している部分、埋まっていて帯郭状になっている部分など あるが、一条目はだいたい確認できる。
【中上】二条目の空堀東側  二条目は東側が一番いい状態で残っている。
【右上】三条目の空堀東側  三条目は完全に周りを囲んでいたわけではなく、東から南側にかけて 造られていたようである。

【左】土橋状の関門  主郭背後北側に尾根が続き、約200mの所に自然地形の土橋状になった部分がある。 ここで城域を迂回してきた登山道と合流する。
【上】諏訪湖方面の眺め  登山道を少し下った所からの眺めで標高1040m、比高230mの所。

【左上】山吹城大城  【右上】山吹城小城
谷を挟んで向かい合う。その谷には小県、佐久へと通じる道、現在は国道142号中山道が 通っている。

【左上】上の城下部にある砦  社中学校の裏山にあたり、下の城と鋳物師沢を挟んで相対している。 現在止山で柵が周囲を完全に囲んでしまっており、砦内部には 入れない。東側下部に舗装道がここまで通ってきており、この左上になる。
この道をさらに登って行くと上、下の城を結ぶ登山道に合流し、上の城まで行ける。
【右上】東側の眺め  ここは上の城への登城口になっており、和田峠への道 も見渡すことができるので、見張り台として機能していたと思われる。




【左】下の城登城口  左側に駐車スペースがあり、右の山道を入っていく。すぐ先に下の城と 鋳物師沢の案内板が出ており、下の城へと登っていく。
【右】登城口下の木戸跡付近  高圧線の鉄塔北側にあるが、現在は道を通す為に付近を破壊されてしまい、 遺構は見あたらない。

【上】登城口下より諏訪湖の眺め  諏訪湖周辺の城が一望できそうだ。



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