柏山城(下の城・上の城)
かしわやまじょう

上田市住吉




柏山城は天文年間、村上義清によって築城されたといわれる。
東太郎山から南東に伸びてきた尾根の先端部に位置する。
砥石城とは金剛寺集落の谷を挟んで向かい合っており、 米山城と下の城、枡形城と上の城がちょうど 高さも同じくらいで呼応している。


【左】南西側より  (下の城、上の城の位置は目安)
両城とも完全な普請を施している郭は1つだけで、背後に堀切があるだけという簡単な構造である。 向かい合っている砥石城の縄張り、規模とは異なる。

【左上】下の城 主郭  約18×6mの広さで、南から西側にかけて腰郭がめぐっている。 東側に米山城が見えるが、現在、樹木が生い茂っているため視界はあまりきかない。
【右上】堀切  主郭の背後に1条、僅かに残っている。その先は上の城まで遺構は確認できない。

【左上】上の城 主郭  約15×6m。
【中上】主郭南端部  若干段差がついて下がっている。その先は緩やかに下っていくが、東西両サイドは急斜面である。 道は西側下を通っている。
【右上】背後の堀切より主郭方向  規模の大きい二重堀切があり、その先にさらに1条堀切がある。


〜感想〜
柏山城と砥石城とで、金剛寺集落を挟んで東西を固めている。金剛寺集落には村上義清の時代に、城代屋敷、家臣屋敷が置かれ、 谷間の南北には土塁が築かれていた。
柏山城は単郭の簡単な縄張りであり、補助的なものであったと思われる。


行き方県道180号から大久保入口バス停を北へ入る。
砥石城入口の看板を曲がり、高速道の下を抜けた所に鉄塔保守用道の階段有り。
(高速下のトンネル番号「上田菅平12」、または一本西側の「13」)
鉄塔のある尾根上に出たらそのまま北上。下の城まで約20分、そこから上の城まで約15分。
駐車場無し 路駐
撮影日2006年6月
参考文献『日本城郭大系』8、  上田市誌編さん委員会編『室町・戦国時代の争乱』上田市誌刊行会 2001年