桐原城

きりはらじょう



桐原城は小笠原氏の本城である林城の支城として山辺谷の入り口北側に位置する。ちょうど林城とは 山辺谷を挟んで向かい合っており、山家城は桐原城の南東2.5qの隣り合った所にある。
追倉沢(おっくらさわ)と海岸寺沢に挟まれた山の中腹が桐原城で、小笠原氏の幕下で桐原の地を 領した桐原氏の城として築かれ、寛正年代(1460〜)から桐原五代にわたって伝わった。 天文19年(1550)の武田軍による林城攻撃の際、林城と共に自落した。
城の規模は小さめではあるが縄張りは巧妙で、現在でも石積みが大変良い状態で残っており、 虎口部分も主郭から五の郭付近までよく残っている。堀切、竪堀、横堀なども大規模で見応えのある オススメの城である。


<場所>松本市入山辺
<行き方>松本市街より県道67号を東へ
山辺ワイナリーの所を左折 道なりに直進
500m程行くと北側(追倉沢)の登り口に
桐原城の看板あり
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2003年11月、12月
<参考文献>『松本市史』第2巻歴史編T原始・古代・中世
1996年

登り口は南側の海岸寺沢の所にもあり、県道のもう一つ先(桐原バス停)を左折して正面の山(桐原城)の右手に まわるようにブドウ畑の中を登っていく。沢沿いに大きな桐原城の案内板が建っており、その先100m 程先左手に沢を渡る橋が架かっており、そこから登山道がついている。約25分で主郭。 道は結構たくさん付いているので注意。

【左上】主郭東側より南側の虎口方面
城の搦め手にあたる北東方面を中心に半円状に内側から2m高の土塁があり、南側には虎口が石積みにより 確認できる。主郭は東西約29m、南北約27mの円形状。
【右上】主郭虎口部分
主郭の外周は写真のような石積みがほぼ一周しており、虎口部分も残っている。


【左】主郭下南東側より山辺谷の眺め  反対側は林城のある尾根。


【左】二の郭北西側より主郭下部分の石垣
この付近、城の北西部分の石垣は大変良い状態で残っており感動もの。土留めの為であろう、主郭の 縁の部分と一番下の部分の二重になっている。二の郭は主郭の南〜西〜北側と半分囲むような形になっている。 石垣の部分の比高は10m程。
下の写真は石垣部分の拡大。



【左】二の郭虎口部分
主郭虎口が南に開いていて、二の郭虎口は西に開いている。ちょうど90度ずれていて、三の郭虎口は そこからまた約90度ずれ、北西に開いている。
写真は三の郭から見た所であるが、二の郭も二重に石垣が巡らされているのがわかる。 石垣の石は主郭付近の平たい石積みと二の郭下側のようなやや丸い石積みとがある。 分布ははっきり区別されていないが、主郭の周りや虎口付近など重要な所には平石が、 切岸下部の大規模な部分に丸い石が使用されているようだ。
三の郭より下は規模は次第に小さくはなるが主郭、二の郭の西側を守るように段郭になって十段以上続く。その 両側には上幅8m程の竪堀が東西に通り、さらに南側に一本東西に堀切を兼ねて通っている。

【左上】三の郭より主郭、二の郭北西側  二の郭からの写真を上に載せたがこれはその下から同じ所を 撮ったもの。ここからの眺めは圧巻!
【右上】下の部分の石垣  上は二の郭になり、この場所での比高は5m程。

【左上】三の郭虎口 三の郭より  桝形が石垣によって造られているのがわかる。北西側に開いている。
【右上】三の郭虎口 四の郭より

【左上】四の郭より主郭方面  三の郭下にももちろん石垣が取り巻く。上の石垣部分が三の郭虎口 へと繋がっている。
【右上】五の郭虎口  ここまで来るとさすがに石積みの高さも1mを切るくらいになるが、 こんな下の方まで虎口がわかるなんて山城は滅多にないのではないか。
この下に段郭がさらに続いており、石積みは7段目くらいまで確認できる。

【左上】主郭背後の堀切  主郭背後の土塁からの比高は15mはあるだろう。上幅は5m程。 この堀切は竪堀となり西側は二つに分かれ麓の方まで落ちていく。
【右上】主郭背後の尾根より主郭方面  手前の堀は上幅8m程。 その後ろにすぐ左上写真の堀切があり、背後を防御している。



【左上】南側をはしる堀切  竪堀となって落ちていく。
【中上】大手口か  左の堀切のさらに下方にある。しかし、時代が下って山道が掘れて、切り崩したものかもしれない。
【右上】写真はその下方にある場所だが、中上の場所は道が折れており、すぐ下に堀切がある為可能性がある。
桐原城の付近の山道はかなり掘れていて、一見空堀かと見間違えてしまうが、比較すると規模が小さいので 見分けはつく。この山道が結構たくさん通っていて、登り始めは戸惑うかも。とりあえず主郭目指して 上に登って行こう。

【左上】北側(追倉沢)の登り口より林城方面  向こうに見える尾根の先端部が林城。
この舗装道路を登った所に車を停めたのだが、その山側に石垣が見えた。丸い石を使用したものであったが、 耕作地跡であろう。しかし城跡の部分の石垣と似ているため、丸い石を使用した所は後世のものの可能性も 考えられる・・・でも、わざわざ石垣を造る必要も考えにくい。調査をしていきたい。
【右上】林城付近より桐原城の眺め  望遠で撮影したものだが、城の背後はさらに山が続き、美ヶ原方面への山地 となる。



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