小丸山城

こまるやまじょう

《別名》 八沢城




小丸山城は木曽福島にある 上之段城福島城を 含めた城のうち最も古いもので、 応永年間に木曽親豊が築いたものといわれている。
親豊ははじめ須原城を本拠としていたが、 ここに居館を移し、その子信道、孫義元もこの城を 使用した。
天文24年(1555)8月、武田信玄が木曽へ侵攻した時、木曽義康が上之段城に、 その子義昌が小丸山城に籠もったといわれる。しかし、木曽父子は和議を結び、城は戦火から 免れた。
<場所>木曽郡木曽町福島
<行き方>国道19号木曽高校方面へ入る
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2005年9月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】上之段城からの眺め  北側からの眺めになる。上之段城との間に八沢川が流れており、 それによって北、西側は急崖となっている。

【左上】主郭付近  現在電波塔が立つ敷地が一番高い所で北端であるため、おそらく主郭部分と思われる。 柵の前に壊れかけた小丸山城と表示された板が立っている。
城域は木曽高校敷地や住宅地となっているため、遺構は残っていないようだ。
【右上】上之段城方面  木曽福島の町をこの2城が相対して見下ろす。木曽川を挟んで西側には 福島城がある。


【左】木曽福島駅方面  駅は死角になってしまって見えないが、城域南西側から下りていくと 福島駅に行ける。駅構内が居館跡といわれる。


〜感想〜
開発が進んでしまっており、山城があったとは思えない場所になってしまっている。
城域南側、東側背後は木曽谷背後の山に続いていくが、堀切等の防御施設があったのかどうか・・・ ただ、東側は宅地からはずれると田圃が広がっており、谷戸へと続いている。 泥田が防御の役割を担っていたかもしれない。



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