下里瀬の城峯
 くだりせのじょうみね

《別名》  長野県北安曇郡小谷村中小谷


―史料からみた下里瀬の城峯―
下里瀬の城峯に関する史料は残っていない。

【左】南から下里瀬の城峯方面
国道148号下里瀬信号の南にあるコンビニから撮影。国道はこの先、糸魚川方面へ長いトンネルがいくつも続く。塩の道西岸ルートは「車坂」を登って、鳥居城のある山の中腹を通る。姫川の断崖に面した難所といわれる場所である。

『下里瀬の城峯縄張図』



―立地―
推定城域は2ヵ所にわかれている。舌状台地のように突出した所と鳥居城東尾根の末端部分である。どちらも山腹を通る千国道(塩の道)と接している。
『小谷村誌』では、城地名の中で下里瀬の城峯の位置を「車坂をのぼりきった山手。東向きの傾面」としている。したがって、後者を示していると思われる。


―アクセスルート―
塩の道を歩いていくこととなるが、北方の池原集落からは鳥居城のところで説明した登城口から、そのまま先へ進んでいく。
南方の下里瀬集落からは国道沿いの駐車スペースに車を置いて、集落裏を通る塩の道を北上、「車坂」を登りきった場所が「城峯」。

【左】塩の道からみた城峯 @(←番号は撮影位置〈縄張図参照〉)
城域のうち、姫川に突出した所。下里瀬から「車坂」を登りきった場所である。塚らしきものが入口にあり、その先には三峰神社の祠がある。

―現況―

【左上】祠裏から先端方面 A
左側が土塁のように盛り上がっているが、そちらが本来の郭で、道は後付けかもしれない。姫川側は崩落しているようだ。

【右上】三峰神社の祠 B
後に整地された可能性が高い。

【左上】先端方面 C
現在は立ち入り禁止となっている。もともと参道は車坂からこちら側に通じる道を登るようになっていたようだ。堀切の先に見張り台のような小さい郭が確認できるが、やはり姫川側は崩落しているようで、現在では薮化していることもあり進入不可。

【右上】姫川の眺め D
断崖が迫っており、端には近づきたくない状態。南側が見通せる。

【左上】鳥居城東尾根末端部の城域 古道か E
いくつかの削平地が尾根上に確認でき、その間を堀切状に道が通っている。尾根の北側では塩の道に接続し、南側は道の痕跡が消えてしまう。宮坂氏の聞き取り調査によれば、馬捨場への道という。

【右上】削平地 F
堀切状の道の西方面、つまり鳥居城東尾根部に続く部分。削平はかなりあまい。

―感想―
城の選地としては、鳥居城東尾根末端部・三峰神社部両方ともアリかと思われる。宮坂氏は南北見通せる前者ではないかと推測している。
いずれにしても、千国道を押えるためには有効な場所であることから、鳥居城を含めた一帯がセットとなって機能していた可能性が高い。


行き方 @池原集落から…鳥居城のページで説明した登城口から、そのまま塩の道を下里瀬方面へ。
駐車スペースから徒歩約20分。
A下里瀬集落から…集落の裏を通る塩の道を北上、車坂を登りきった所。徒歩約15分。
駐車場@池原集落に向かう登り坂途中に駐車スペースあり 3台
A国道148号沿いの駐車スペース利用
撮影日2015年12月6日
更新日2015年12月19日
参考文献 『日本城郭大系』8
『小谷村誌』歴史編(小谷村誌刊行委員会、1993年)
宮坂武男「下里瀬の城峯」(同著『信濃の山城と館』第7巻安曇・木曽編 戎光祥出版、2013年)
参考サイト