松尾古城

まつおこじょう




松尾古城は真田本城の背後に位置し、 鳥居峠、和熊峠、角間峠の上野へ通じる峠道を押さえる 要所である。古城という名がついているが、別名松尾城といわれる真田本城よりも 後に造られたものと思われる。
城下南側にある「日向畑(ひなたはたけ)」では発掘調査が行われ、室町時代から戦国時代にかけての 多数の五輪塔、宝篋印塔が出土し、被葬者に ついては真田幸隆以前の真田氏一族に関わるものと推定された。
<場所>上田市真田町長
<行き方>県道4号、国道144号横沢信号から南へ
県道4号方面へ約1q 角間川の北側尾根
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2004年4月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【左上】松尾古城 南西側より  尾根の中間付近が主郭で、背後の増尾山頂付近には遠見番所と いわれる砦跡があるらしいが未確認。

【左上】尾根の最下部付近  県道から秋葉社が見える。ここから上が城域で、数多くの 石塁を見ることができる。
【中上】秋葉社  ここに出てくるには日向畑遺跡から角間川沿いに延びている山道(角間遂道)を 回ってくるか、反対側の電線の鉄塔下にある墓地から尾根に向かって登る道とがある。この二つの道は 秋葉社の前で合流し、尾根道へとつながる。
日向畑遺跡付近は車を停める場所が無いが、鉄塔下は墓地前まで車で入れて停めておくことができる。
【右上】尾根上の祠  登山道には祠や石仏がある。細い尾根道で両側は崖である。

【上】最初の大規模な石塁  登ってきて最初に現れる大規模な石塁。細い尾根だったのがここから広がり、郭となって 段郭状に主郭まで続く。ここは尾根道を塞ぐ形で真ん中が少し低くなっているが、 長さ約10m、高さは向かって右端の所で約1.5m。

【左上】一つ上の郭の石塁  尾根南側にかなり大規模な石塁がある。
【中上】郭付近の自然の石  このような自然の石を利用した部分もあり、石積みに用いた石材も 付近の石を砕いて使用したものであろう。
【右上】馬場  実際に馬場として使用されたかどうかは疑問だが、そう呼ばれており一番大きい郭である。

【上】主郭下南側の石塁  高さは最大で2.5m程ある。南側には腰郭がある。

【左上】主郭南西虎口より  【右上】主郭北東背後の土塁より
主郭は石塁で完全に囲まれており、これだけ見事に残っているのは珍しいのでは。 私個人的には桐原城と並んで石塁の見ごたえがある山城だ。

【左上】主郭内より北側の石塁
【中上】主郭背後の堀切  約6mの段差があり、この先、尾根を登っていくと、遠見番所といわれる 砦跡がある。
【右上】堀切南側  ここから角間の集落に降りていく九十九折りの道がある。

【左上】角間集落への道  途中には遺構は無いが湧き水があり、水の手があった場所であろうか。
【中上】角間峠方面の眺め
【右上】角間集落からの登り口より主郭方面の尾根

【左上】角間集落からの登り口  県道から角間渓谷へ向かう道に入って、約200m左側に 「筆塚」と書かれている石碑がある。そこから入って行く道であるが、登っていくには 少し判りづらい道である。秋葉社から登ってこちらに降り、日向畑遺跡を見て秋葉社へと 回るのがオススメルート。
【中上】秋葉社より真田本城方面  写真左側の尾根上が真田本城。
【右上】日向畑遺跡  昭和46年に発掘調査が行われ、多くの石積みによって画された 墳墓跡が見つかった。付近の歴史的考証と併せて、真田氏に関係がある一族の墓と推定されている。



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