野尻新城

のじりしんじょう




野尻新城は上杉謙信によって、野尻湖に浮かぶ野尻城の拡張整備に 伴って、造られた湖畔の尾根上にある城である。
永禄4年の八幡原の大激戦の後、 上杉氏と武田氏との前線は北上し、野尻城は永禄7年には武田方に落とされた。 しかし、1ヶ月後、上杉軍は野尻城の奪還に成功し、永禄12年には新城も文献に登場する。
上杉謙信はこの野尻城、野尻新城を信州口の防衛拠点とし、もう一方の 飯山城と共に、対武田軍の 前線基地になった。
<場所>上水内郡信濃町野尻
<行き方>国道18号野尻湖入口信号を野尻湖方面へ入る
県道504号を野尻湖に沿って東へ進み約1q
「レストラン甲比丹」の裏山
<駐車場>県道504号沿いの町営無料駐車場
<撮影日>2004年8月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】町営駐車場より野尻新城  野尻湖の北側、樅が崎の西側付け根から細長い尾根が西へ 向かって延びている。その突端部に城がある。

【左上】主郭東側の土塁  尾根の西側頂上部から約150mにわたって、削平地と堀切りが3条あり、 一番東側の尾根続き側に主郭がある。周囲には土塁がわずかに残る。
【右上】主郭背後の堀切  この大堀切で尾根続きを遮断している。

【左上・右上】二の郭北側の外桝形か  藪でほとんど写真では判別できないが、 二の郭北側に土塁の切れ目があり、そこを2m程降りると、土塁に囲まれた長方形の桝形と 思われる遺構がある。東側に土塁の切れ目があり、外桝形のように思われる。
この二の郭自体も主郭西側の堀切と三の郭堀切の間の狭い空間で、桝形を形作っているような 興味深い縄張りである。
左上写真が外桝形を西側から撮影したもので、右上が二の郭になり、藪から見えるわずかな空間 が桝形内部。右上写真が桝形を形作る土塁部分。

【左上】野尻新城麓より野尻城の眺め  直線で約300mの距離である。
【右上】西側麓より野尻新城  野尻新城には道が無いので、この西側先端部からとりついて登る ことになる。約15分で主郭。途中三の郭付近は熊笹が生い茂っており、長袖のシャツに軍手は 必携。



城館探訪〜長野県〜へ戻る