麻績古城

おみこじょう




麻績古城は別名虚空蔵山城といわれる。麻績城の 南西下にはしる尾根上の山になった所に位置する。
麻績は平安時代から宿駅が置かれていた所で、伊勢神宮の神領でもあった。
鎌倉時代には伊賀氏、服部氏が入部し、南北朝時代に南朝方の拠点として整備されたようである。
麻績古城が独立の城として成立した頃、麻績城は詰城であったと思われるが、後に立場が逆転し 古城が支城となったといわれる。
<場所>東筑摩郡麻績村麻
<行き方>国道403号本町信号西へ
約500m先法善寺方面へ右折
法善寺脇を信濃観月苑へ
そこから徒歩で宗善寺観音堂を越えて尾根上を登る
<駐車場>観月苑、法善寺駐車場借用
<撮影日>2004年5月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】麻績城、麻績古城全体   南側からの眺めで古城は麻績城(中央の頂上部が平らな山)の左下 の小山。
登り口は東側下の麻績城大手口からと西側の観月苑から。大手口からだと駐車場が無く、 観月苑の所の尾根上で西側からの道と合流することになる。観月苑から主郭まで約20分。

【左上】麻績古城  写真中央の山。独立した山に見えるが、麻績城からの尾根続きである。 また麻績城大手口付近に麻績氏居館跡があり、古城はその西側尾根に位置する。
【中上】麻績古城への道  観月苑から宗善寺観音堂、待月庵(そう名前のついている東屋)から さらに尾根上を北へ。岩場を登り写真の木の階段手前に堀切が確認できる。途中の道は 手入れがされていない為、藪と化している所もあるが、とりあえず尾根上を北へ登っていく。
【右上】主郭虎口の石積み  主郭手前は急な岩場で登るのが大変だが、登り終えたところで この石積みが見られる。そしてこの上が主郭である。

【左上】主郭と北側背後の土塁  主郭の規模は大きく、麻績城の主郭とほぼ同じ大きさ。 背後の北側から東側にかけて土塁が確認できる。虎口は南東隅になる。
【右上】土塁上より主郭  東西約40m、南北約20mで二の郭、三の郭が土塁背後の尾根に続いて おり、南西下には段郭が下方の水の手まで続いている。

【左上】二の郭、三の郭  主郭北側土塁から背後の堀切まで約15mの断崖となっており、 直接は降りられない。虎口下から回り込むことになるが、二の郭、三の郭はほぼ同じ平面上に あり、尾根上に細長く約50mにわたって続く。区分けする部分には堀切の跡がわずかに確認できる。
【中上】三の郭東下の腰郭  ここには4段の郭が比高5m程で続いており三の郭北側下の堀切に沿って いる。
【右上】三の郭北側下の堀切  三の郭北辺には土塁があり、その背後はやはり15m程の断崖。 ここの堀切はゆるやかに下方へ続いている。また、反対側の北側は登りとなっており、ここを 登っていけば麻績城へ行けるハズ。

【左上】主郭南西下の腰郭  この付近は自然の岩場を利用して、石塁の代わりをなしている。
【中上】水の手付近  主郭から西側の段郭群を下っていくと沢に出る。かなり降りたところだが、 古い城の形態の為か。
【右上】観月苑より麻績古城と麻績城  中央一番奥が麻績城、その手前の山が麻績古城。



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