大河原城

おおがわらじょう




南北朝時代、南朝方の宗良親王が大河原城に滞在し、城主であった香坂高宗が世話をしたという。
香坂氏は周囲に城砦を築き、親王を迎えて守護したが、更に釜沢の奥である御所平に親王の居館を 移し、東国南朝方の策源地としていた。高宗没後の大河原城については定かではない。
<場所>下伊那郡大鹿村大河原
<行き方>松川町方面より県道59号、22号を経て
国道152号へ 県道253号に入り約2q
福徳寺付近
<駐車場>福徳寺前 6台
<撮影日>2005年5月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】福徳寺より大河原城方面  写真中央が城域。小渋川の断崖に面している。 大河原は秋葉街道沿い(現在の国道152号)の宿場だった所で、天竜川と同様に伊那地域の交通動脈 であった。
谷の奥には南アルプスが迫っている。

【左上】郭と堀  小渋川に面して小さい郭があり、その周りを堀だったと思われる部分が取り囲んでいる。
断崖部の崩落が進んでいるようで、当時はもっと郭が広かったようだ。だが、城というより 単なる居館であり、更に奥地へ親王を移した意が見て取れる。 ただ、香坂氏は周囲に城砦を築いて大河原全体を要害化していた。
【右上】福徳寺本堂  平安時代末期平治2年の創始、鎌倉時代に入って完成した。 南北朝時代、宗良親王が大河原に在住していた時は天台仏教修法の道場だったという。
現在、長野県最古の木造建造物で、重要文化財に指定されているが、寺自体は無いようで 本堂だけが道脇に残っている。



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