須原城

すはらじょう




木曽氏は福島に移る以前は須原に本拠を置いていた。築城年代は相当古くまで遡ると 考えられているが、はっきりしたことはわかっていない。
旧須原宿のはずれにある定勝寺は木曽義在の館跡で、その背後に位置するのが須原城である。
義在は永正6年(1509)福島に上之段城を築城し、 その頃は須原と福島を交互に本拠と していたらしい。義在の子義康の代になって 福島城を築き福島を本拠と定め義昌に至っている。
<場所>木曽郡大桑村須原
<行き方>JR中央本線須原駅前より線路脇の道に入り
線路を越し、岩出観音方面へ約500m
登り坂が終わった峠に出た所を右の山の中へ
<駐車場>峠手前に駐車スペース2台
<撮影日>2004年6月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】須原駅上より須原城  写真右下が須原宿の宿場町で、須原城麓に定勝寺がある。山頂の 鉄塔(右側)が建っている所が二の郭付近

【左上】金比羅神社  中腹にある神社で定勝寺から登って来るとここに出る。神社背後の道無き道を 尾根に沿って登って行くと約15分で二の郭に出る。
「楽」をしたい人は城域の裏側から高圧線鉄塔の保守用道を 登っていくと約10分で二の郭へと出られる。
【中上】二の郭虎口跡か  二の郭手前に鉄塔が建っているので、かなり人の手が加わっていると 思われる。ここを登ると二の郭が広がる。
【右上】二の郭  「横平」とよばれる平地で20m四方程の平地。

【左上】空堀と土橋  二の郭と主郭との間に長さ10m程の空堀と土塁が平行してあり、北側隅に道が通って、 土橋状になっている。
【右上】土塁  高さ約2m、長さ約10mの土塁が主郭を隠すように立ちはだかる。

【左上】主郭  東西約35m、南北約18mの楕円形をしており、北側の一部と南側に帯曲輪が めぐらされている。
【右上】主郭虎口  二の郭側(東側)に土塁が残り、虎口状に凹みがある。

【左上】南側帯曲輪  幅1m程の平地が主郭下にある。北側は東半分のみで数段ある。 南側は西側の尾根筋まで延びており、主郭下からそのまま反対側へと行くことができる。
【右上】愛宕神社跡  主郭北西側に尾根が延びており、緩やかに下って数段の段差がある。 30m程行った所に台石などの残骸があり、かつてここに愛宕神社があったという。

【左上】須原宿、木曽川の眺め  城域からは現在樹木に遮られて見通しが利かないが、地形的には かなり見晴らしがいい場所だ。麓からの写真だが、木曽川の対岸段丘上に和村城があるという。
遺構、記録も伝承も無いようだ。
【右上】城域アクセスポイント  岩出観音に通じる道で、須原駅から踏切を越して右折し、 ずっと登り坂になる。約400m程で峠になり、その手前右側に家がある。
民家と右に見えるコンクリートの壁の境に階段があり、そこから保守用の道が付いている。
金比羅神社へはコンクリートの壁の反対方向の途切れた部分から道が付いている。


案内板も何も無い城だが、木曽谷の中では歴史上重要な城であり、小さいながらも 遺構は良く残っている。このまま保存してもらいたい城である。



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