楯氏館

たてしやかた




楯氏(『大系』では館氏)は木曽義仲を擁立した佐久の豪族、根井行親の子、 楯六郎親忠であり、ここはその館跡と伝えられている。
『源平盛衰記』によると親忠は父と共に義仲と行動を共にし、一軍の将として活躍し、京にて 戦死したという。
付近の地名には牧場経営をしていたことを窺わせる地名が残り、発掘調査では馬牧の経営が11世紀初頭 には始まっていたとされる。

【左】館跡中心部  北面は抜井川の断崖、南は緩やかに山へと傾斜しているところである。 現在館中心部は耕作地となっており、館跡を知らせる石柱が立っている。
<場所>南佐久郡佐久穂町舘
<行き方>国道299号余地入口信号南へ入り、案内板に従い舘集落方面へ  集落内、抜井川沿い周辺
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2005年9月
<参考文献>『日本城郭大系』8
佐久町『佐久町誌』歴史編1原始、古代、中世 2004年


【左上】館西端より  西端には月見石という楯氏ゆかりの岩がある。この西端部は中心より一段低くなっている。
【中上】番屋跡  南側へ少し集落の中に入った所にある。こちらが旧道らしく、この番屋を経て 舘集落に入ったのであろう。
【右上】月見公園  番屋跡から南西側に小高い丘がある。現在その頂上は公園となっており、 眺望がいい。番屋跡から西へ約50mの所に登り口がある。入口に案内板があり約5分の登山。

【左上】月見公園  この丘は馬牧の監視所として利用されていたようで、『町誌』によると 公園化する前から削平地があったとの事。現在も数段の帯郭が確認でき、東側は深い谷となって おり、城としての機能もあったと思われる。
【中上】公園より北側、館周辺  写真中央の鉄塔が建っているところが館中心部。その先は断崖で 抜井川が流れている。対岸の山には勝見城がある。
【右上】公園より東側  馬牧が広がっていたと思われる。この先約1.5qには 大影城がある。


〜感想〜
根井氏館のある佐久からは 南へ14q、西上野から武蔵へ通じる武州街道沿いに位置する。
館の遺構は確認できないが、現在月見公園のある丘は物見として使用していたであろう。 当時の遺構とは断言できないが、北面には削平地が数段確認できる。



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