砥石・米山城

といし・こめやまじょう





砥石城は天文年間(1532〜55年)村上氏が海野氏より攻略して、 小県、佐久地方の押さえの城とした。
その後天文19年、信玄が小県への侵攻を始め砥石城を攻めたが、 「砥石崩れ」といわれる信玄一世一代の負け戦に終わった。
しかし翌年20年に真田幸隆の諜略によって落とされ信玄のものとなった。
武田氏滅亡後、真田幸隆の三男昌幸が上田城完成までの間、 上田近辺の拠点としていた。
この城は本城を中心に砥石、米山、桝形城によって防御した縄張りが特徴となっている。
<場所>上田市上野
<行き方>国道144号上野信号を入り、道なりに直進。 細い道を陽泰寺まで行き、そこから歩くと左手に登り口がある
<駐車場>陽泰寺前に10台
<撮影日>2003年6月
<参考文献>『日本城郭大系』8


陽泰寺山門 「砥石法窟」と書いてある。屋根には海野氏の紋、真田氏の替え紋である州浜紋が見える。
その手前は城下町になっていたとの事。

左上 陽泰寺から登ると内小屋跡がある。
そのまま大手口にあたる登山道を15分程登ると右上の写真、砥石城手前の切岸が見えてくる。

砥石城主郭とそこから米山城を眺める。

左上 砥石城より真田町方面 右はじが真田本城のある尾根。
右上 米山城主郭 村上義清の碑が建っている。


砥石城から戻って大手口から逆方向に行くと本城郭群を過ぎ主郭への虎口があり、石垣も垣間見える。(左写真)
さらに先へ進むと堀切を通り桝形城主郭にたどり着く。(右写真)


〜信玄本陣 鐘かけの松〜


砥石城攻めの時、信玄が本陣を置いたと言われる富士見台からの砥石、米山城。
国道144号をはさんで反対側に富士見台団地がある。 右写真はその富士見台の北西隅にある「鐘かけの松」解説板。信玄がここに本陣の鐘をかけたという。


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