伴野氏館

とものしやかた





伴野館は佐久平の南に位置し、千曲川の西側の平地にある。ここは鎌倉時代に造られた豪族の館であり、 その後屋敷の規模を大きくしていき、室町時代から戦国時代初期には館を本丸として、 二の丸、三の丸、出丸などを設け、野沢城とした。
しかし防衛上の必要から本拠を前山城へと移した。伴野氏はその頃から佐久に侵攻してきた武田氏に 近づいていたようであるが、記録上では前山城が攻略されたのは天文17年(1548)となっている。 武田氏滅亡後、滝川一益領となり、北条氏が侵攻、そして天正10年(1582)徳川麾下の依田信蕃により攻略され破脚された。
しかしその後江戸時代以降も跡地は公的機関に利用された為、旧状をよく残す事になった。


<場所>佐久市野沢
<行き方>国道141号中込より佐久大橋を渡り
中小屋信号を左折100m先左側
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2003年11月
<参考文献>『日本城郭大系』8


【左】館内部  現在はシートが被っていて、発掘調査をやっているようである。その後公園化 される予定らしい。

【左上】南西部隅にある大伴神社  ここは高台となっており櫓跡と推定されている。
【右上】神社裏手の土塁上にある碑  館の周囲は土塁によって囲まれており、南側、東側の一部が 損なわれているがあとは原型をとどめている。ここは西側の土塁。

【左上】西側中央の入り口  現在は西側、南側、東側に入り口があるが、もともとは南側中央が虎口となっていた ようである。
【右上】北側土塁


【左】南東隅部分の発掘調査部分  石積みによる溝跡が見られる

【左上】館外側北東隅より東側  【右上】同場所より北側
外側には堀跡の一部と思われる水路があり、現在も水が流れている。この付近は水路があちこちで見られる。 館東側には薬師寺、南側には金台寺という歴史のある寺がある。



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