殿島城

とのしまじょう




殿島城は戦国時代に春日城主伊那部但馬守重成の次男重国が分家し、東春近に殿島城を築城して殿島大和守を 名乗った。しかし、それ以前にもこの地に城があったようで、築城というよりも改築拡大したもので あろう。
その後信玄の伊那侵攻により重成の跡を継いだ嫡男春日城主重親、殿島城主重国は滅ぼされた。
その後の殿島城については資料が無く定かではないが、高遠城の支城の一つとして機能したのであろう。

左 殿島城大手口にある復元門
現在主郭が公園化されており、土塁、堀が保存されているが、 そのすぐ外側は住宅地が広がっている。
<場所>伊那市東春近
<行き方>県道488号中殿島信号を東へ
約400m先右に入る道を曲がり、200m先の突き当たりを右折 100m先前方に公園入り口
<駐車場>公園入り口前に10台
<撮影日>2003年12月
<参考文献>『日本城郭大系』8


左上 主郭北東部より  天竜川の段丘上にあり、西側は断崖で東側は段丘上の平地につながている。 南、北部は谷が奥に入ってきてはいるが、その間の距離は450m程あり、小さい城にしては距離が ありすぎる。その為主郭を取り巻く空堀が発達しているのであろう。
右上 主郭南部より  東側の土塁が見える。高さは5m程あり、南北120m、東西80m程の 主郭を取り巻く。

左上 城域の東側に広がる畑  右上 南側の谷から大手口に向かう道
主郭から空堀を隔てさらに外側には半円状の外堀があったらしいが、現在は耕作地となっており、 まったくそれらしき跡は無い。南側の谷から城域に入る道の付近にそれらしい形跡があるが、 これは道を造成した時のものか、もしくは堀跡に道を付けたのかもしれない。

左上 主郭南側の空堀  主郭南側にはもう一つやや小さい郭が存在していたらしいが、現在は 宅地化され遺構は見あたらない。堀もかろうじて一番内側のが残っている。
中上 主郭東側の空堀  三重の大規模な空堀があり、間に帯郭が北から東側へエル字型に確認できる。 段丘上の平地に続く東側は空堀を複数配置する事によって防御を固めていたようである。
右上 大手口から帯郭方面  現在駐車場になっている所が帯郭。帯郭の東外側の堀は宅地によって 消えていた。


左上 主郭北側の空堀  二重の堀があって帯郭、その外側に空堀と確認でき、その先は宅地化されている。
中上 帯郭の北側先端部  写真右側が主郭になる。 この大規模な幾重にもなる空堀は殿島城の 見所だ。
右上 北側空堀から西側段丘下へと道が付いている。この下にある護国寺から続く観音像が道案内 になる。


左 西側段丘下にある護国寺
この寺から向かって右側に道が付いており、ここを登っていくと主郭北側の空堀に繋がっている。


左 殿島大和守の墓
主郭北側の団地西側、ちょうど護国寺の裏山に石碑と宝篋印塔がある。



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