砦山城

とりでやまじょう




砦山城の詳細は明らかではないが、東筑摩の麻績方面から聖山西麓の大岡を通り、犀川沿い牧野島へ通じる 往還沿いの丘上にある城で、道筋の警戒と 牧之島城麻績城を 結ぶ伝えの城と考えられている。
方形の単郭という小規模なものだが、縄張りの形態から見て戦国時代武田氏の城と推察できる。
上杉謙信との戦線が川中島にあった永禄元年(1558)、北信の守備として大岡城という名が 文献に出てくるが、砦山城のことと考えられている。
<場所>長野市大岡乙
<行き方>県道12号大岡村役場より南へ約1.2q天宗寺隣り
<駐車場>天宗寺駐車場借用 10台
<撮影日>2004年9月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】県道より砦山城方面  現在は林の中であるが、道筋を見下ろすような位置にある。

【左・上】城域北側の堀  約40m四方の方形の郭を空堀が取り囲み、北側を除く 三方に三日月堀、特に東側は丸馬出し状の虎口になっているのが、よく確認できる。 天宗寺と地続きになっている東側から北側にかけての堀は深く、南、西側は浅くなる。

【左】西側の堀
現在、城域は整備されておらず、藪がひどい。しかし、遺構の保存状態は良く、小さい砦のような ものにしては見ごたえがある。
西側が道筋に面した突端部分で、全体的に西側に傾斜している。そして、西側空堀の外にある 三日月堀の造りは小規模ながら、駿河丸子城の大鑪曲輪を 連想させる。(藪がひどくて写真はムリでした)

郭内部も藪の為、詳細はわからないが、土塁が天宗寺方面にあたる東側を中心にして空堀内側に 有り、内部への視界を遮るようになっている。
案内板も何もない城だが、藪の無い冬に来てみたいと思わせる城だ。


【左】天宗寺
砦山城の東側に位置し、寺伝によると香坂氏の開基で、武田勝頼の母が中興開基、 さらに芋川親正が再興したと伝えられているが確証はない。
しかし、寺域の東に大きな土塁、北は土塁状の地山、西に堀跡といわれる池跡などがあり、 古い居館跡と考えられている。

【左上】天宗寺 南東側より  南側は低くなり、県道へと下っていく。
【右上】東側土塁  史料が乏しく、天宗寺が居館跡だったのかは、実際のところ わからない。



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