山家城

やまべじょう




山家(やまべ)城は別名中入城とも言われ、鎌倉時代末期に構築された。室町時代は山家氏が領していたが、 小笠原氏が守護として来た時に配下に加わった。小笠原氏本城の林城の支城となってから、大規模な 改修がなされ、山辺谷最深部、松本平東側の上田、佐久方面の出入り口の要害としての役割を果たした。
信玄の侵攻により林城と共に落城した。
<場所>松本市入山辺
<行き方>松本市街より県道67号を約8q
上手町の徳運寺を目印に
<駐車場>徳運寺駐車場借用 8台
<撮影日>2003年10月
<参考文献>『松本市史』第2巻歴史編T原始・古代・中世
1996年


徳運寺の左手の墓場を登って行くと尾根上の道に出る。少し行くと神社がある郭に出る。
背後に土塁が見えるが、向きが逆な所(主郭方面に土塁がある)をみると、後世に神社を建てた時の物か。
さらに登ると松本方面の景色が垣間見える。

尾根上を登っていくと主郭までに4条の堀切が確認できた。その間には段郭が続き、主郭に近づく程 郭間の切岸は高くなり、二の郭手前付近は8m以上もある。
【右上】二の郭  主郭の8m下の周囲を北側から西側にかけてめぐらされている。

【左上】主郭  徳運寺からここまで約20分。背後の北東尾根側には3m程の土塁が築かれ、その後ろは二重堀切となる。
【右上】主郭南東側下の石垣  幅20m高さ2〜3m程の見事な石垣。当時は全体を取り巻いていたので あろうが、他の部分は崩れてしまっている。青柳城に匹敵するものだ。 この積み方を見るとおそらく武田氏以降の小笠原貞慶時代のものであろう。

【左上】主郭のさらに奥にある郭  秋葉社が祀られるこの郭は主郭背後の二重堀切をさらに登り、 3条の堀切を抜けると到着する。主郭から約10分。
主郭よりも大きいくらいで帯郭もめぐらされている。 背後にはやはり土塁が築かれ堀切がある。そして2つの大きな郭に続いて堀切があり城域は終わりか。 この郭の周囲には竪堀が有り、武田氏時代の特色が見られるという。
【右上】麓の徳運寺  山家城と同時期に建立されたらしいが盛衰が激しかったようだ。

信濃守護小笠原氏の支城だけあって、さすがに大きい。林城に匹敵するかそれ以上である。 山辺の細い谷間を見下ろすように造られたこの城は何度となく拡張、改造がなされたであろう。 主郭が一番新しく、西の尾根の段郭、主郭背後の北東方面の郭などそれぞれ特徴があり、 時代の重なりを感じた。


城館探訪〜長野県〜へ戻る