山吹城

やまぶきじょう




山吹城は築城年代など不明な点が多い城で、遺構の規模、造りから室町中期頃と考えられている。
諏訪大社下社背後にある 下社大祝金刺氏の居城桜城からは山道伝いに連絡できる位置ではあるが、 山吹沢の奥まった場所であり、展望はほとんど利かない。別名「隠れ城」ともいわれ、 金刺氏の詰城であったと思われる。
<場所>諏訪郡下諏訪町下ノ原
<行き方>国道142号慈雲寺裏手 水月霊園方面へ入る
清掃センターを過ぎてY字路を左(林道萩倉線)へ
約200m先左側 カーブミラーの所を谷へ降りていく
<駐車場>谷へ降りる道の手前に駐車スペース1台
<撮影日>2004年5月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】諏訪湖対岸(岡谷市側)より  中央山の中腹に煙突が見え、そこが清掃センターでそのすぐ左 側が小城、上部が大城。
また、左側の谷を挟んで反対側には上の城・下の城が相対している。

〜大城〜

山吹城は大城と小城の二カ所に遺構が分かれる。大城はかつて全山耕作されていたという。 多数の帯郭が確認できるが、どこまでが当時の遺構かは判別しがたい。
しかし、諏訪地方においてはかなり大規模な山城であり、 上社大祝の居城干沢城や武田氏が拠点とした 上原城をもしのぐ規模のものである。

【左上】大手虎口  山裾、山吹沢脇の道を小城から登り、大城の麓を東側から北側の谷へと 回り込む。北側の谷は竪堀状になっているようで、そこを登り切ると左手に土塁があり、 その裏は馬出し状の削平地。写真は削平地から虎口部分を撮ったので、土塁が右側にある。
ここから5m程堀切を登ると尾根上に出て、左側(南)が二の郭、主郭へ、右側は北郭、出郭へと続く。
【右上】二の郭より主郭手前切岸  二の郭は城内で一番大きい郭で、藪に覆われた二の郭を抜けると ここにたどり着く。手前は堀切となっている。

【左上・右上】主郭と主郭を囲む土塁  主郭は南北約20m、東西約25mで 周囲に土塁をめぐらし、南東隅の虎口部分だけ切れている。土塁には石積み部分があったようだが、 だいぶ崩れて埋まっている。また、主郭切岸下部にも腰巻状に石積みが所々確認できる。

【左上】東郭  主郭南東下にあり、二の郭とは東側斜面の道でつながっている。
【中上】西郭  主郭南西下にある。大城は尾根上にU字状に郭が並び、西郭はその南側先端部に なる。もう一方は北側先端の出郭で、その山懐の中に水の手がある。
【右上】北郭  出郭の手前部分で大手口から尾根上に出た所にあたる。

【左上】出郭  城域先端部で徐々に下っている削平地だが結構広い。
【中上】北郭南下帯郭  城域一帯には帯郭が多数確認できるが、耕作地だった為だいぶ変形された 部分も多いだろう。
【右上】大城東側の林道から見た下諏訪方面  山吹沢の谷間からわずかに見える。


〜小城〜

小城は大城への登り口途中約300m下方にあり、 大手口の見張り、防御の為に造られたと思われる。

【左上】三の郭  一番下部にある郭。北側と西側下に腰郭がある。
水月公園からの山道が尾根下を通っており、さらに下側に車道が平行して通っている。
【中上】二の郭  三の郭との間に堀切があり、二の郭へと続くが尾根上の細い郭である。
【右上】主郭背後の土塁  各郭間には堀切が通り、堀切際に土塁が造られている。 尾根上に三つの郭を配した単純な小城である。尾根を下ると水月公園があり、途中にも 郭だったと思われる所が数カ所あるが、人の手が加えられているので定かではない。 公園まで下ると見晴らしが利く。


【左】主郭背後の堀切  【右】大城への道
ここから先山吹沢に沿って約10分程歩くと大城大手口に出る。



〜アクセスルート〜


【左上】小城への入り口  小城へのアクセスは公園から尾根上の山道を登ってくるか、水月霊園の駐車場から 清掃センター脇まで来て(写真の所)そこから尾根へと登るかになる。郭は山道の西側上になる。
【中上】林道より大城入り口  林道萩倉線を登ってくると左側下に白い杭が見える。ちょうどそこに 駐車スペースがあり、そこから主郭まで約10分。
【右上】「山吹城址」の杭  ここが城址だとわかるのはこの杭だけ。 桜城もそうだが、隣りの諏訪市、茅野市に比べて下諏訪町はどうも「城」には興味が無いようで・・・



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