横田城よこたじょう《別名》 会の館
『横田城付近図』![]() ![]() ![]() 【左上】可毛羽神社付近 城域の南西端部、裏鬼門にあたる。城域内、周囲には水路が通っており、 堀だった部分が多いと思われる。 【中上】「馬出し」付近 南東部には「馬出し」地名と半円形の水路が残る。武田氏がこの城を 使用していたと思われる根拠の一つとなっている。 【右上】城域東側の水路 この道の先に地蔵堂(地蔵寺)がある。 ![]() 【左】木曽義仲供養塔 可毛野神社向かいにある。義仲の子孫にあたる人々が義仲公787年祭を 行った時、歴代諸霊の菩提を弔う為に造られたと現地解説板に書いてある。 〜感想〜 遺構らしい遺構は残っていないが、水路によって城の形が浮かびあがってくる。馬出し部分は住宅地の 間を通っているため、僅かしか確認できないが、興味深いところである。 ここから南へ約1.5q先に千曲川が流れ、 雨宮の渡しがある。 義仲の時代から信玄の時代まで、北信濃の要所として戦いが繰り返された土地であり、横田城も その間、様々な形で使用されていたと思われる。 |