花沢城

はなざわじょう




天文6年(1537)駿河の今川義元は西駿河の押さえとするため、南部海岸道の地に花沢城を 築いた。府中に通じる小坂越え道の関門としての役割を担った。
元亀元年(1570)正月、既に前年暮れに横山城蒲原城、府中 を制覇していた武田軍は花沢城を包囲、守備していた大原肥前守資良等は激戦の末武田軍に開城した。
<場所>焼津市高崎
<行き方>国道150号野秋信号または一つ西側の信号を
東名道側へ入る 城域西側に回り込み農道を登る
<駐車場>農道終点に2台
<撮影日>2005年2月
<参考文献>『日本城郭大系』9

【上】花沢城南西側より  国道、東名道、新幹線、東海道本線がこの部分で集中し、現在は日本坂 トンネルで静岡市内へと通じるが、交通の要衝であることは今も昔も変わらない。

【左上】南側尾根より主郭方面  尾根はやや北西方向へ湾曲している。 西側斜面一帯は郭のすぐ下まで茶畑のため、一直線に登ってくれば迷う事はないが、アヤシイ人に 思われるだろうから、近くの人に断ってから入ったほうがよさそうである。
【中上・右上】主郭  花沢城の石碑が建っている。主郭は尾根の北に位置し、一番大きい 郭である。その北側に腰郭、主郭の南側に堀切を入れて二の郭、その南にも小郭がいくつか付いている。


【左】農道終点より南側の眺め
西駿河が一望できる。
信玄は花沢城と同時期に徳之一色城(田中城) を落としている。西駿河から府中への両関門を 押さえ、この時点で信玄は大井川と富士川間の拠点を押さえたことになる。

城域の麓を取り巻く道の西側に花沢城の木柱が建っている。そこから城域尾根の南側へ一車線道の農道が 通っており、尾根に出た所が終点。主郭はここから尾根伝いに北へ行くか、一旦下りて 主郭の尾根を目指すかになる。主郭まで約15分。



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