亀井戸城

かめいどじょう




亀井戸城についての詳細はわからない。『三河物語』では信玄が元亀3年(1572)10月に 二俣城を攻撃した 際、合代嶋に陣を取ったことを伝え、 翌年、信玄が死去した後、徳川家康は駿河に侵入し、6月には社山 や合代嶋の砦を修築して、当時武田方であった 二俣城に備えたという。
この合代嶋の砦が亀井戸城と推定されている。

【左】北側より亀井戸城  南方約2qの位置にある社山城も含む台地の北端部に位置し、 尾根が北へU字型に張り出した部分が城域とされている。 西側約1.5qには南北に天竜川が流れ、その上流、北西約4.5qには二俣城がある。
<場所>静岡県磐田市下野部
<行き方>県道40号豊岡支所入口信号を南へ入る 亀井戸橋を渡った右側の山からその先左カーブを過ぎた所
<駐車場>左カーブの先 駐車スペース有り 3台
<撮影日>2006年2月
<参考文献>『豊岡村史』通史編 1995年
<参考サイト>近江の城郭


【左上】亀井戸橋より  写真右隅と左隅の尾根が北に向かって張り出した部分で、中央部が平坦地となっている。
【右上】北方面の眺め  亀井戸集落は向こう側に見える山の麓にある。正面には雲済川が流れており、周囲は田園地帯となっている。

【左上】東側尾根先端部  亀井戸橋を渡って左にカーブすると道は東側尾根を分断する形で工業団地の方へ続いている。
この尾根先端付近は墓地となっていて、植林による削平も行われており、遺構と断定できるものはない。
【中上】西側尾根先端部  亀井戸橋から民家側に行くと斜面に階段が付いている。よじ登ると祠があり、その先 南へ進んでいくと、削平地が続いている。
【右上】西側尾根中間部  ちょうど数軒ある民家の裏山付近に土塁と思われる部分、階段状の削平地があるが、 周囲は植林されているため、遺構かどうか判断しがたい。さらに東側尾根に向かって進んで行ったが状況は同じである。


〜感想〜
現状は後世の人の手がだいぶ入っているようなので、遺構なのかどうか判断できない。 前準備もなく来てしまったので、資史料をもう少し調べてみる必要があると感じた。


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