久能山城

くのうざんじょう




久能山には久能寺が奈良時代からあり、隆盛を誇っていたが嘉禄年間(1225頃)に山麓の失火により類焼し、 衰微した。その後南北朝期、この寺域を城郭に取り立てたりしたが、本格的な築城は武田信玄によって である。
永禄11年(1568)今川氏真を破り駿河を占領、久能山にあった久能寺を移して城郭に改造。 駿河湾一帯を押さえる要地として北条水軍の監視にあたった。
江戸時代に入り、元和2年(1616)家康没後、遺言により久能寺城を廃し、ここに埋葬され二代将軍家忠の命により社殿が造られ 現在に至る。


<場所>静岡市駿河区根古屋
<行き方>国道150号久能山下信号を北へ200m
<駐車場>付近の観光イチゴ園の有料駐車場
<撮影日>2004年1月
<参考文献>『日本城郭大系』9


【左】久能山下より一の門付近  断崖上にあるのがわかる。東照宮が造られた時に、かなり改造 されたため、城郭時代の遺構はほとんど消滅しているらしい。
麓から徒歩で石段を登り約15分程で一の門にたどり着く。


【左】久能山城縄張りと【右】現在の状態
二の丸にロープウェイ駅、社務所があり、本丸に社殿、愛宕曲輪の下に神廟があるのがわかる。
武田三名城の一つに数えられているが、これは縄張りの巧妙さではなく、下から見た断崖のスゴさから いわれているのであろう。 三名城は久能山城、甲斐の岩殿城、 上野の岩櫃城である。

【左上】一の門  城郭時代大手門があった所で、江戸時代は久能山東照宮を守る門であった。
【右上】門衛所  一の門を入った所にあり、番所として登拝者を制限していた。復元解体修理をして 保存したもの。

【左上】勘助井戸  博物館の下にあり二の丸東隅になる。勘助伝説のひとつか、それだけ有名人、 人気があるのだろう・・・
【右上】東照宮楼門  ここの付近から本丸となる。

【左上】本殿の総漆塗り絵  江戸初期の建築物で極彩色の絵に飾られている。私が行った時には 漆の塗り替えを行っており、完成したら相当綺麗であろう。
【右上】神廟(家康墓所)  本殿の裏約50mの所にある。この裏手が愛宕曲輪のあったところに なる。

【左上】久能山より駿河湾の眺め  現在海岸線はずーっとイチゴのハウス栽培。観光地化している。
【中上】久能山麓  地名が根古屋であることからも城下町(門前町?)が広がっていたのだろう。
【右上】久能山麓より久能山とイチゴハウス



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