匂坂城

さぎさかじょう




匂坂氏は同系譜によると第11代目が匂坂筑前守六郎五郎長能で、大永8年(1528)今川氏輝から本領として 匂坂上村、中村等を安堵された後、天文元年(1532)匂坂城を築いたとされる。
元亀2年(1571)3月武田信玄の高天神城攻めの際、同月6日落城したという。
元亀3年の遠江侵攻の際には穴山梅雪を置いて守らせていた。

【左】匂坂城跡付近  「本城」といわれていたところで、ここには館があったようである。現在、周囲は 耕作地、宅地となっており、遺構は無い。


【左】東側の眺め  磐田原台地の断崖が南北に続いている。ここより 北方約1qの台地上、匂坂上字大土居に詰城を構えていたとされる。

〜感想〜
遺構は無し。だが、元亀3年には穴山氏が入っており、重要視されていたと思われる。
元亀3年の武田軍の遠江侵攻の際、本隊は犬居城から 天方飯田城などを落とし、匂坂、 合代嶋へと 進軍した。これによって天竜川東岸を押さえ、徳川方の掛川と浜松間の連絡を断つことに成功する。
<場所>静岡県磐田市匂坂中
<行き方>県道44号より岩田小学校、幼稚園へ入る 幼稚園南側に石碑有り
<駐車場>無し 路駐
<撮影日>2006年2月
<参考文献>『日本城郭大系』9
小和田哲男 監修『図説 遠江の城』郷土出版社 1994年
<参考サイト>史跡訪問




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