滝境城

たきざかいじょう




元亀2年(1571)大井川を越えて遠江に侵攻してきた武田信玄が、 まず小山城を 築き、海岸沿いに南下し滝境城を築いた。
信玄亡き後、天正2年(1574)6月、勝頼は高天神城を攻略。 滝境城はその時、後方支援拠点と して機能した。
同9年に高天神城が徳川家康によって落城すると、同10年2月に滝境城も落城。 翌3月に勝頼は田野において自刃した。
<場所>牧之原市片浜
<行き方>国道150号片浜小学校方面へ入り南側法京川を
越えて右折 八幡神社の右側を上りきった所
<駐車場>神社前に1台
<撮影日>2005年2月
<参考文献>『日本城郭大系』9

【上】国道より滝境城  東面は牧ノ原台地が海岸のすぐ側まで迫ってきている。その断崖上に ある。

【左上】城域西端の堀切  八幡社から上ってくるとここに出る。道は一車線の狭い道なので、 下から歩いて行ったほうがいいと思う。(約15分)
ここから東側へ郭が4つ、間には堀切がある。
【中上】外郭から三の丸への堀切  北側が法京川の谷、南側も深い谷となっており、その間を堀切っている。
【右上】三の丸  郭内部は一面茶畑となっており、高低差もほとんど無い。堀切の部分だけが 城の存在をしらせる。

【左上】本丸、二の丸間の堀切  この堀切の北側(写真左側)へは八幡社からの道の途中より「城山坂」という道が ついていて、ここが大手口とされる。
【中上】主郭先端部  各郭の規模は大きく三方を断崖に囲まれた城である。そのため防御 は堀切程度であったのか。土塁は周囲にわずかに残っているが、内部の状況は今となっては わからない。
【右上】北側の眺め  ここから北東へ約8qのところに小山城がある。

西側の台地上からもここに来ることができる。国道から「相良梅園」の所を入り、台地に出たところを 左折し約400m。案内板があるので、そこから歩いて断崖部へと茶畑の中を進んでいく。道は 途中から狭くなるので車は無理。徒歩約15分。



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