江馬下館

えましもやかた




江馬下館は背後の山地にある高原諏訪城の根小屋で、戦国時代に北飛騨を支配した江馬氏の居館跡 である。築城者、築城年代などは不明であるが、現在の遺構は戦国時代の江馬氏によるものと 思われる。
江馬氏は天文年間に時盛が城主になり、武田信玄に属した。しかし、上杉謙信の攻撃を受け弘治2年 (1556)降伏している。その後時盛は武田方に、時盛の嫡男輝盛は上杉方に好意を見せ、父子間で 対立していく。
永禄7年(1564)信玄は家臣の飯富(山県)昌景に命じて飛騨へ攻め入らせ、江馬父子は 再び武田氏に降る。
その後輝盛は上杉氏に通じ、父子の関係は崩壊し、輝盛は刺客を放って父を殺した。 輝盛は高原諏訪城に入ったが、三木氏との争いに負け、天正10年(1582)に討死。 江馬氏は滅亡した。
<場所>飛騨市神岡町殿
<行き方>国道471号江馬町信号を東へ入る  瑞岸寺を過ぎて約50m右側
<駐車場>瑞岸寺駐車場 借用
<撮影日>2004年7月

【上】北側より館跡  長年にわたり発掘調査が行われ、庭園や堀跡、建物跡などが発見されて 成果をあげている。現在館跡の復元整備工事を行っており、平成17年4月まで立ち入り禁止 となっている。

【左上】庭園跡  近世にはこの付近は耕作地になってしまい、配置された庭石も移動されたという。 復元にあたって庭園として、あったと思われる位置に再配置された。
庭園の背後にある門は復元表門で、さらに土塀も20m程復元されている。
【右上】高原諏訪城方面  江馬氏の本城。下館は西麓にある居館である。 こことは別に「江馬之御館」といわれるものがあり、これは現在 神岡城(模擬天守)がある場所で、 下館から北西へ約1qの所にある。


【左】庭園跡西側  表門の外側になる。ここから西側へ10〜20m程の断崖となっており、 高原川両岸に広がる神岡の町中が見渡せる。



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