彦根城




徳川四天王の一人、井伊直政が慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの後、 石田三成の城であった佐和山城を与えられ、 翌6年に上野高崎城から移ってきた。
直政は城を彦根山に移そうとしたが、実現する前に病死。慶長8年その子直継が彦根城の築城を始めた。
元和8年(1622)完成。20年の歳月をかけて造られた城である。
特色としてここの建物は幕府の命令による一国一城化により、他の城から移築したものが多くあるということ。
天守、附櫓及び多聞櫓は国宝に指定され、重文も五棟ある。
<場所>彦根市金亀町
<行き方>国道8号外町信号を西へ1q
<駐車場>有料駐車場が城の東側に数カ所
<撮影日>2003年6月


左上  馬屋 内堀の外側(二の丸)にあり、これだけ完全に残っているのは極めて稀であるとの事。(城内に馬屋が残っているのは 彦根城だけ)
右上  大手門   彦根城には城の南側大手門の他に南東側に表門がありちょうど馬出状になっている。

天秤櫓  長浜城から移築したといわれる。 右側が築城当時の牛蒡積み、左側は落とし積み。表門から登ってくると この天秤櫓の下をくぐり左へ回るようにして櫓の前の橋に出るという防御性の高い造りだ。

本丸より天守閣と天守閣内部  平成8年に築城以来5回目の大改修が完了しきれいだ。

左上 天守回廊より琵琶湖方面  中上 「着見台」より琵琶湖方面  右上 「着見台」より 真ん中の高い山が佐和山城

西の丸とその西端にある三重櫓  浅井長政の 小谷城天守を移築したといわれる

左上 西の丸虎口  右上 内堀の中の最西北端にある山崎郭 

内堀と水門  この付近は米蔵があった場所。そこに船着き場が設けてある。
 
左上 竪堀に相当する石垣か  右上 米蔵跡から見た天守


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