姫路城





姫路城は播磨の守護、赤松則村が元弘3年(1333)ここに砦を築き、その子貞範が正平元年(1346) 城を構えたことに始まる。その後、黒田官兵衛孝高の時、彼の薦めで羽柴秀吉が天正8年(1580)に 西国攻略の基地として入城し、翌9年3層の天守閣を完成させた。
関ヶ原の戦いの後、徳川家康の娘婿池田輝政が52万石で入封し、慶長6年(1601)から城の規模を 拡張し、姫山に5層7階の天守を築いた。
池田氏3代の後、本多忠政が入封。長男忠刻とその室千姫(徳川秀忠の長女)のために西の丸を整備して、 元和元年(1618)今日に見る姫路城の全容を整えた。
〜現地案内板より〜
<場所>姫路市本町
<行き方>国道2号、372号より姫路城前交差点目指す
<駐車場>追手門パーキング(有料)利用
<撮影日>2003年7月


左上 大手門(昭和の復元)  右上 三の丸より天守方面 この広大な三の丸が池田輝政の御殿が あった場所 

左 旧天守西大柱、東大柱。天守閣の心柱で昭和の大修理の時新柱に変わった為、三の丸広場に保存されている。
上 天守閣旧石。昭和の大修理によって地中深く基礎を打った為、必要なくなり菱の門前に保存されている。



左 菱の門  ここが大手口 西の丸 二の丸、本丸、天守と登っていく。

西の丸渡櫓内とその一番奥にあたる場所にある化粧櫓
西の丸は二代将軍秀忠の長女千姫が大阪城落城の後、豊臣秀頼より本多忠刻に再嫁して、 西の丸で平和な日々を過ごした。

左上 「はの門」雰囲気がいい!  右上 本丸より天守閣 石垣の高さだけでも10mはあるだろう。 圧倒される!

天守閣より西の丸方面の眺めと天守内


野面積み、角石は大きな長方形の石を左右交互に積む算木積み。

左 国道2号線沿いの中堀跡の石塁  上 埋門
城の外側にもこうした見所がたくさんある。 また見て歩きたい所。 丸1日は必要かな。



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