子安台遺跡
 こやすだいいせき

東京都八王子市子安町



―歴史―
地元では砦跡という伝承が残るのみで、歴史等は不明である。宅地開発に伴い2002年に実施された発掘調査によって、縄文時代の土坑群、中世の溝・掘立柱建物跡群・柵列跡・墓が検出された。
溝は12条確認され、台地上を区画するように掘られている。最も大きいものは幅約4m、深さ2.5m以上である。建物跡は4×3間の一棟を最大として、10棟以上確認されている。これらの遺構は構造的な特徴から、一般的な居住用ではなく城館に伴う遺構とみられている。
また、調査区南東部では、土坑墓・集石墓・火葬遺構などが検出されている。土坑墓は14世紀以前、集石墓は15〜16世紀と想定され、前者からは副葬品として鉄製品と銭貨が、後者からは集石に転用された板碑や五輪塔が出土している。
遺物は舶載磁器、国産陶器、かわらけ、石塔、銭貨、鉄製品などが出土している。
【上】子安台遺跡 南東側下からの眺め
現在は遺構はもちろん、案内板もない。完全に住宅地となってしまっている。ただ、台地端部の崖上にあることから東側地域一帯を見通せることがわかる。
写真左側から中央にかけての林が崖部分。右は八王子駅南口のタワーマンション。

―立地―
浅川と湯殿川が合流する地点の西方にあり、湯殿川に沿って東西に広がる台地の東南端を占めている。南西へ約1qのところに片倉城がある。

【左上】崖上の公園入口部分
発掘された区域の中央から東寄り。崖面から下部にかけては「北野こだち公園」となっている。

【右上】発掘区域南東斜面
階段の右手(南側)は耕作地が階段状になっている。ここから土坑墓・火葬遺構が検出された。また、階段左手(北側)の公園付近では集石墓が検出された。

【左上】八坂神社
崖下には細い道が通り、その道沿いに八坂神社がある。柵が閉まっており中には入れない。

【右上】神社から遺跡方面
崖の高さは約10m。



【左】公園から東方面の眺め
日野台地方面が見渡せる。何もなければ湯殿川はもちろん、浅川まで見通せた可能性がある。崖沿いに北へ行くと八王子市街が眼下に見える。片倉城方面は少し移動しないと見通せない。


―感想―

案内板も何もないフツーの住宅地となってしまったが、中世に城館が存在したことは確かである。浅川・湯殿川の渡河点を見通せることから、東方面の備えとしての機能を担っていたのであろうか。



行き方 国道16号、子安信号を東へ。そのまま突き当りまで約550m。その先の住宅地東側。
駐車場なし 公園上へ路駐
撮影日2015年11月
更新日2015年11月15日
参考文献 『新八王子市史』資料編2 中世
『子安台遺跡発掘調査報告書―八王子市子安町二丁目18番1他地区住宅開発工事に伴う埋蔵文化財発掘調査―』((株)四門、2003年)
参考サイト