箕冠城
みかぶりじょう

《別名》 新潟県上越市板倉区



―歴史―

箕冠城の起源は定かではないが、戦国期には当地板倉郷を中心として勢力を築いていた大熊氏の居城だった。大熊氏は守護上杉氏の被官として、公銭方を務める財務官僚であり、特に上杉謙信期には朝秀が初期の奉行職に参入している。しかし、朝秀はのちに謙信に背いて甲斐武田信玄のもとに走った。大熊氏出奔後、この城に誰が入ったかは不明であるが、春日山城の支城として信濃方面に対する備えの役割を果たしたと考えられる。

【左】主郭より春日山城方面 北側正面に高田平野を見渡すことができ、春日山城へは北西方面へ直線で約16kmの距離である。南方は平丸峠や関田峠を越えて信濃に通じている。

【左上】二の郭下の溜池 城域を二つに分ける形で真ん中に溜池がある。ここより北西側へ登ると主郭へ通じ、南東側は土塁・横堀などを経てなだらかに下っている。
【右上】二の郭より主郭方面 主郭の周りを帯郭が囲んでいる。現在は公園化されているため、道が直線的に整備されている。

【左上】二の郭と帯郭間の横堀 横堀の両端は山腹を断ち切るまで、ほぼ直線で続いている。
【右上】二の郭 城域の中で、もっとも広い削平地。


【左】主郭 駐車城から徒歩約15分。箕冠山は北側から見ると独立峰のきれいなシルエットを見せ、その山頂が主郭となる。


―感想―

山頂近くにこれだけ大きな溜池がある城も珍しいだろう。主郭を帯郭で囲み、斜面のなだらかな南東方面に郭を連ねた城である。その中で二の郭・帯郭間の巨大な横堀は後付け感がある。
また、溜池より南東側は時期的に藪化が激しく、入ることができなかった。植木宏氏の縄張図によれば土塁や堀が複雑に組み合わされた興味深い遺構があるようだ。


行き方 県道254号、板倉集落手前を西側に入り、箕冠山の南側へ回り込んで山腹へ至る(案内標識あり)
駐車場南側山腹に大駐車場有り
撮影日2010年9月
更新日2013年11月16日
参考文献 ・『日本城郭大系』7巻
・西澤睦郎「謙信と越後の領主」(池享・矢田俊文編『定本 上杉謙信』、高志書院、2000年)
・植木宏「箕冠城」(上越市史中世史部会編『上越市史叢書9 上越の城』、上越市、2003年)
参考サイト埋もれた古城」 「余湖くんのホームページ