野田城




天正元年(1573)正月、信玄は東三河侵攻を開始し、野田城も攻撃対象となった。
この城攻めで信玄は甲斐の金堀人夫を動員して、水脈を絶ち井戸を枯らす作戦を実行した。
また、信玄が野田城攻めの途中、城兵の村松芳休の笛の音に聞き惚れ、夜、城のすぐそばで聞いていた時 城兵の鳥居三左衛門が銃で撃ち、信玄に深手を負わせてこれが原因で死んだという説は有名であるが、 あくまでも伝説であろう。
しかしこの野田城攻めが信玄最後の城攻めになり、上洛の夢は散ってしまったのは確かである。
現在は城の南北を国道と鉄道がはしり、遺構がだいぶ無くなってしまっている。 本丸、二の丸、三の丸が残ってはいるが、林になってしまっていて遺構は確認しずらい。
<場所>愛知県新城市豊島字本城
<行き方>国道151号を新城市街より西へ来ると、 大きな案内看板があるのでそこを左折
100mくらい進むと左の林に案内板がある。法性寺手前
<駐車場>路上駐車
<撮影日>2003年6月


左上 二の丸脇から本丸へ遊歩道が少しある。 二の丸から本丸への空堀と土橋。
右上 本丸の一番高い場所にある祠。ここが櫓跡にあたる。本丸南隅に井戸跡が残る

北東側堀と三の丸  三の丸北西側より大手道があり侍屋敷があったらしいが、国道がはしっており遺構は残っていない。



城館探訪〜その他の県〜へ戻る