墨俣城




織田信長は美濃への侵攻の足場として、長良川を美濃側へ渡った場所へ城を造ろうと考えた。
佐久間信盛、柴田勝家が失敗し、3回目に木下藤吉郎(豊臣秀吉)が担当した。藤吉郎はあらかじめ尾張側で 工事の準備を整えておき、その後渡河してイッキに構築してしまう方法を採った。
計画は順調にいき、永禄9年(1566)わずか2,3日で櫓、堀、塀が完成し、俗にいう墨俣一夜城が 完成した。
川の流れは現在、河川改修工事により当時とはかなり変わってしまい、城域も半分ほどに削られてしまった。 今、模擬天守が建っていて、中は資料館になっている。
<場所>安八郡墨俣町
<行き方>大垣市より県道31号岐阜方面へ、 長良大橋の手前を左折して500m先左側
<駐車場>城の西側入り口前に一台
<撮影日>2003年6月


左 模擬天守 資料館になっている   右 城の東側、長良川土手より 


長良川 上流方面



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