深草館

ふかくさやかた




保元元年(1156)に谷戸城 の出城として築城されたと伝えられている。
この館は逸見太郎光長、元義父子とその子10代の居館といわれているが、 「甲斐国志」では堀内下総守の居館だとしている。
<場所>北杜市長坂町大八田
<行き方>県道32号長坂IC東信号を北へ
約1.2q先「光洋電子」手前の交差点を左折
約400m先案内板の所を右折
<駐車場>北西側入口に1台
<撮影日>2004年12月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】深草館南西側  西衣川を利用した深い堀に囲まれている。 写真の左側林の部分が館内部。北西側に丸太橋が架かっており、そこから内部に 入ることができる。
谷戸城の南側約1.2qに位置し、「金生遺跡」のすぐ南西の林が館。

【左上】北西側入口より  現在丸木橋が架かっており、西衣川を渡って内部に 入るが、当時の虎口がどこであったのかは判らなかった。北側部分は空堀だが、 高い土塁が続いており、その他の周囲は川を利用した5m前後の深い堀となっている。
【中上】「北郭」  内部は二つの郭からなっており、土塁で分かれている。写真奥の土塁が 郭を分けている土塁で中央に土門がある。北郭は約40m四方の大きさ。
【右上】北郭の北面土塁  2m前後の土塁が続く、かなり見ごたえのあるものだ。

【左上】「南郭」  こちらの郭は東西約40m、南北約70mの広大な郭。南側は土塁が無いが、 深い堀によって守られている。
【中上】南郭から北郭方面  「館」というにはかなり広く、土塁も大規模なものだ。
案内板によると空堀が南東隅からさらに2本延びていることが確認されており、館と集落を含めた規模は 約5ヘクタールに及ぶという。
【右上】南東側の堀  館の北側で西衣川から分岐した水が流れている。

【左上】西側堀  西衣川を利用したもので、南側で南東側の堀と合流する。
【右上】北側空堀  この普請を見るとかなりの有力者の館と思われる。ひっそりとある 館だが、見ごたえある遺構だ。



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