古宮屋敷

ふるみややしき




古宮屋敷は武田氏に従えた武士団、津金衆の旗頭津金氏歴代の居城で、甲信国境警備にあたって いた。
津金氏は常陸佐竹氏の一族が室町時代後期、この地八ヶ岳南東麓に根を下ろし、津金を姓として 勢力を有した。
武田氏滅亡後徳川家康に属して活躍し、尾張藩に仕えた。そのためこの屋敷は廃され、地域守護の神社と なった。

<場所>北巨摩郡須玉町上津金
<行き方>県道605号を津金歴史資料館、
旧津金学校校舎へ左折 資料館裏の神社
<駐車場>資料館脇に2台
<撮影日>2004年3月
<参考文献>『日本城郭大系』8


【左上】神社裏の郭跡  神社裏手(北側)が1m程高い段で広い削平地となっている。
【右上】西側の堀跡  神社の西側にはこの堀跡が20m程確認できる。神社の周りは 学校、道などで人の手が入っており、遺構として確認できるのはこの部分だけ。

【左上】源太ヶ城方面  後ろに見える二つのピークが源太ヶ城。 津金衆はこの城を見張り台、のろし台として使用して、甲斐信濃国境警備にあたっていた。
【右上】海岸寺峠方面  右側の落ち込んだ部分が海岸寺峠。旧佐久往還が屋敷の東下を通って 海岸寺峠を越えていた。交通の要所である。峠の手前、正面の山の中腹に海岸寺がある。

【左上】古宮屋敷北側  北側下に沢が流れており、天然の堀となっている。
【右上】津金集落  屋敷の東側、旧佐久往還沿いに集落がある。西側は現在耕作地が続いている。


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