旭山砦

あさひやまとりで




この砦は天正10年(1582)の天正壬午の戦いの時に、北条氏によって築かれたといわれる。
北条氏直は若神子城に本陣を置き、 新府城の徳川勢と対峙していた。 若神子城の北方約8qにある旭山砦は中継基地として機能したと思われる。
また、それ以前には武田氏が烽火台として使用していたと思われる。
<場所>北杜市高根町村山北割
<行き方>県道32号総合グラウンド入口信号を北へ
グラウンド(高根体育館)を過ぎたら右折
80m先案内板を左折し約1.5q 峠から徒歩
<駐車場>峠に路駐 1台
<撮影日>2005年1月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】南側より旭山砦  南、東側斜面は緩やかな斜面で、北は尾根続き、西側が唯一やや急な斜面 となっている。地形的にはあまり有利なものではないが、西側直下には佐久往還が通る交通の要所 であり、頂上からの見晴らしは抜群である。
アクセスは上記の南側のルートの他に北側からのルートがあり、県道608号高根北小学校から南へ林道を 入る。約1.2qで峠に着く。同じ林道で1車線幅だが舗装はしてある。

【左上】北東方面 源太ヶ城   林道の峠から「ウォーキングコース2」の案内板の道を徒歩で 登る。主郭まで約8分。途中に烽火台として使われたという源太ヶ城がよく見える。旭山砦も 武田氏の時代に烽火台として使用されたことは十分想像できる。
【右上】城域北側の帯郭と土塁  この帯郭は北側から西側一帯約200mの距離を 広く取り巻いている。北側の部分は外側に土塁が確認できる。

【左上】三の郭  帯郭を過ぎて旭山の頂上部から南へと約180mの間、両側が広い自然地形の 平地となっている。東西の縁下には帯郭がある。この自然地形の広い敷地を城内に 取り込むのは若神子城の北城 と同じ北条氏の築城思想(単なる応急的な普請?)であろうか。
【中上】三の郭西側の帯郭  北側からこちらまで続いているが、西側には土塁は確認できない。
【右上】主郭虎口  主郭内部から三の郭方面を撮ったもの。虎口は平入りで土塁が両側に延びているだけである。 他に主郭東側と二の郭西側に虎口が確認できる。

【左上】虎口より二の郭  主郭の西側に二の郭があり、西側斜面に段郭状になっている。主郭と二の郭 の境ははっきりしないが、この二つの郭は土塁と堀で周囲を取り巻いている。 山上にある遺構としては珍しい縄張りだ。
【右上】西側の眺め  長坂方面から南アルプスの山々まで見渡せる。(写真中央が 甲斐駒ヶ岳) 現在は林で南側の視界は遮られているが、若神子方面まで見渡せるはずである。

【左上】南外側  土塁と空堀が確認できる。南側の空堀はかなり埋まってしまっている。
【中上】西外側  西側は空堀もハッキリ確認でき、中央には土橋が架かり、虎口となっている。 しかし、現在二の郭は入り込む隙間もないほど、矢竹が密生しており詳細がわからない・・・
【右上】東外側  堀と土塁が斜面を下っている。



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