勝沼氏館

かつぬましやかた




勝沼氏は信玄の父である武田信虎の弟信友、その子信元の家系である。信友は信虎の信頼厚く、御親類衆として 武田軍団の一翼を担っていた。
その信友はこの地に館を構え、交通、経済の中心地、そして郡内方面への押さえとして、中核的役割 を果たした。その為、館ではあるが守りの意識がかなり強い縄張りとなっている。
信元の代になり永禄3年(1560)逆心の疑いをかけられ、信玄によって滅ぼされた。
<場所>甲州市勝沼町勝沼
<行き方>国道20号柏尾信号から
県道38号入り上松信号手前100m左側
<駐車場>上行寺向かいに5台
<撮影日>2003年12月
<参考文献>『日本城郭大系』8


左上 北門手前の空堀  館の南、西部分は日川に面しており約25mの断崖で、天然の要害をなしており、 北、東部分は空堀と土塁を鉤の手状に巡らしている。
右上 北門を入った所  出入り口は北門と東門があり、両門とも郭の角に設けている。これも守りを 強固にする為の工夫である。こちらが大手口にあたる。

左上 東側土塁上より見た館内部  内郭、外郭と広範囲に渡り本格的発掘調査がなされており、 中世の館としての姿が浮き彫りにされ、保存状況も良く重要な遺跡として認められている。
案内板も詳しく完備されており、中世の館を知る上でオススメである。
右上 東門より館内部  この館の特徴として水路の充実がある。東側の家臣屋敷方面から 浄化施設を通り内郭へと続いている。また、館内部にため池を造ったりと工夫を凝らしている。

左上、右上 東門部分  北門と対角線上の角にあり、こちらが搦め手口。先は日川に通じる断崖である。
左上 北門より甲府方面の眺め  勝沼の高台にあり眺望が極めて良く、要地であることがわかる。
右上 東側土塁上より東側外郭方面  こちら側には家臣屋敷や職人の工房、浄水施設などがあった。

左上 復元された家臣屋敷  東側外郭の一番東にある。発掘によって建物の時代による移り変わりがわかり、 案内板に詳細に記されていた。かなり興味深いところである。
右上 外郭内部にある土塁  この先内側に入ると浄水施設の遺構があり、ちょうど家臣屋敷に守られていた、 もしくは管理されていたことがうかがえる。

左上、中上、右上 浄化施設  時代によって浄化施設の構造が違っているようで、二通りの遺構が 保存されている。

左上 職人の工房  浄化施設の内側には工房の基礎部分が発掘され遺構が保存公開されている。
中上 現在発掘中  内郭と工房の間にあたる。
右上 深沢用水跡  外郭を守るように幅4mの規模で確認されたものが、位置がわかるように 色違いのアスファルトで表示されている。ここは駐車場からの入り口になる。



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