小山城

こやまじょう




小山城は宝徳2年(1450)穴山伊豆守が居住しており、小石和の 武田信重館を攻めている。
その後、大永3年(1523)小山城主穴山伊予守信永は鳥坂峠を越えて侵入してきた南部下野守と 花鳥山で戦ったあと小山城で防戦したが、常楽寺まで落ち延びて自害した。
城は南部氏のものとなったが、天文17年(1548)武田晴信の為罪を得て城を捨て廃城になった。
天正10年(1582)御坂城の北条勢 に対峙する徳川軍は鳥居彦右衛門に小山城を修築させた。   〜現地案内板より〜

【左】小山城 北側より  約100m四方の方形で土塁、外側に空堀が残っている。段丘上にあり、 甲府盆地一帯を見下ろせる場所にある。
  
<場所>笛吹市八代町高家
<行き方>県道34号八千蔵信号南へ約400m
<駐車場>城跡脇に1台
<撮影日>2005年1月
<参考文献>『日本城郭大系』8


【左上】内部  昭和38年にスポーツ競技場造成工事によって内部は整地され、旧状は とどめていない。
【右上】虎口  東側中央に位置する。東面外側の空堀は埋められてしまったようだ。南側の 中央部は競技場化するときに削平したと思われる。

【左上】城域西面  西面から南方向を写したもの。空堀、土塁の規模が大きい。
【中上】城域西面  こちらは北方向を写したもの。空堀外側に塚があり、物見塚といわれる 通称「ごんぱち塚」がある。
【右上】城域北面  北面以外は空堀の外側は耕作地で高低差があまり無いが、北面は空堀の外側から 急斜面となり10mほど低くなる。(最上部の写真参照)

【左上】北西方面の眺め  甲府盆地一帯が完全に視野に入る眺望のいい場所だ。
【右上】東方面の眺め  東側には御坂峠を越えて河口湖へ抜ける旧鎌倉街道が通り、西側には 駿河に通じる若彦路が通る交通の要所。



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