長峰砦
ながみねとりで

上野原市大椚



長峰砦についての歴史の詳細は不明だが、戦国期に上野原の加藤丹後守が、その出城として築いたといわれる。
現在は中央自動車道の工事によって消滅し、かたわらに石碑があるのみである。 工事に先立つ発掘調査によって郭、堀切、横堀の跡が見つかった。
また尾根筋を縫うように幅1m余りの道路跡が断続的に確認され、江戸期の「甲州街道」に相当すると見られている。
〔現地解説板より 上野原市教育委員会〕


『長峰砦案内図』



【左上】砦跡付近  現在中央道南側の側道が通っている場所が砦の中心部だった所となる。道の脇に石碑(上の写真)が あるのみで、遺構は確認できない。
南側背後は高度が上がっており、見通しはきかない。現在はゴルフ場がその上にあるが、当時はこの場所も高さがもっとあった のかもしれない。
【右上】大倉砦方面  北側の見通しは良く、北東方向には大倉砦が見える。(写真中央、尾根先端部)


〜感想〜
発掘状況からもわかるように、この砦は街道を押さえるための役割を担っていた砦と考えられる。
この付近を見ると東西に流れる川、それに伴う深い谷と甲相を結ぶ街道を押さえるように砦、烽火台が南北ラインを形成して 配置されている。(大倉砦、長峰砦、四方津御前山烽火台牧野砦、鶴島御前山、栃穴御前山
さらにその前方には上野原城があった。
それだけこの甲相国境の軍事的緊張が高かったことを表しているのか、平時の往来が盛んだったことに対応しているのか・・・ まだ私には判断が下せないが、興味深い地域である。


行き方国道20号上野原高校入口信号を入る。
道なりに進むとT字路になるのでオリムピックカントリークラブ方面へ。
中央道の側道になって約300m左側に小公園があって、そこに石碑がある。
駐車場3台
撮影日2006年8月
参考文献『日本城郭大系』8
参考サイト史跡訪問」 「飛騨の山猿大王