中津森館

なかつもりやかた

《別名》 金井館・小山田氏館




小山田氏は天文元年(1532)に谷村 に館を移すまでここに居住し、郡内の中心地であった。 小山田氏は板東八平氏の一、秩父氏の出で、発祥は武蔵多摩郡小山田荘の別当であった有重を 始祖とする。有重とその子等は源頼朝の幕下にあったが、執権北条氏によって滅ぼされ、 有重の四男六郎行幸が父の所領の一部田原(都留市)を継いで、郡内小山田氏の祖となったと 伝えられる。
<場所>都留市金井
<行き方>県道705号より桂林寺へ入る 寺手前付近
<駐車場>桂林寺駐車場借用
<撮影日>2005年2月
<参考文献>『日本城郭大系』8、『定本武田信玄』

【上】桂林寺より館付近  南側前面に大幡川が流れ、その段丘崖に築かれている。 館の東西は谷となっており、天然の要害地形となっている。写真中央の小山はちょうど土塁の 役割を果たしており、その先は大幡川に向かって下っている。現在は桂林寺に向かう道で 小山は分断されている。

【左上】堀跡か  東西の谷を結ぶ堀跡と思われる。
【右上】谷村方面の眺め  先端の小山からは一帯が見渡せ、 谷村の烽火台は よく見える。勝山城は手前の尾根によって隠されてしまいわずかに見える程度。


〜桂林寺〜


桂林寺は小山田出羽守信澄が、応永の初め(1400頃)母(武田氏)の孝養のために、 旧居を寄進して開いたという。ここは郡内小山田家の墳墓の跡で、江戸時代初期 一時衰退したが、その後子孫達の手によって、現在の墓誌群が再興され、今日に至っている。
〜現地案内板より〜



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