中山砦

なかやまとりで




中山砦は釜無川右岸の武川筋における武士集団「武川衆」が守っていた。甲斐の北の要として 重要な役目を果たしていた。
武川衆は戦国時代には武田氏の一勢力として存在していた。武田氏滅亡後、武川衆は徳川氏に帰属し、 天正10年(1582)天正壬午の戦いにおいて、中山砦を警固し、北条勢を相手に活躍したという。
<場所>北杜市武川町三吹
<行き方>台ヶ原下信号西側、釜無川の橋を渡る
林道を中山峠まで登り、峠から徒歩約30分
<駐車場>峠に駐車スペース有り 2台
<撮影日>2005年1月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【上】武川側より中山砦  釜無川右岸にある中山の山頂部に遺構がある。独立峰で 尾根がなだらかに続く山だ。

『中山砦要図』



【左上】中山頂上展望台  中山峠側から登っていくと途中に櫓があり展望できる。見晴らしは 非常に良く、遺構のある付近が林で見通しがきかないので、見て置いて損はない。 展望台がある削平地手前に堀切が一条有るため、元々この場所にも郭があったようだ。
【中上】東側の眺め  逸見地方一帯が見渡せる。確認はできていないが、 谷戸城旭山砦なども 見通せるであろう。
【右上】北側の眺め  釜無川の上流方面(七里岩)が見渡せる。 笹尾砦あたりも視界に入るであろう。

【左上】北西側堀切  砦部分を中心に尾根が北西側、北東側、南側と三方になだらかに広がる。 それを堀切っているが、防御的にはあまり適していない地である。
【中上】郭内部  土塁で囲まれた南北約60m東西約15mの細長いもので、 途中真ん中付近に郭を区分けするための土塁があり、中央が土門になっている。
【右上】中央部土門と虎口  写真奥が郭を区分けする土門、左手前部(東側中央部)が虎口となる。土塁上部は 武者走り状にほとんど平らになっている。

【左上】山頂部郭より南側丸馬出し  南側5m程下に丸馬出しがある。東側虎口から帯郭を 南にまわり込むと馬出しに出る。
【中上】馬出し東側より三日月堀  雪の為ハッキリとは写らないが、約5m馬出しから下りた所に 三日月堀がある。
【右上】三日月堀  砦ということで、縄張り自体にはあまり期待していなかったが、 南側の丸馬出しから東側に回り込んだ虎口、さらに虎口を守るようにその下には帯郭が2段確認できる。
それでも三方の尾根からの防御としては不完全なものだが、一見の価値ある遺構だ。



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