武田信成館

たけだのぶなりやかた




清道院寺伝では現在清道院がある寺域が武田信成館跡という。しかし、「甲斐国志」ではここを 4代後の信守館としている。どちらも決定的な史料はない。 しかし、寺の周囲に残る土塁の痕跡などは武田氏の館跡と 伝えられている中では、比較的保存状況が良い貴重な遺構である。
<場所>笛吹市八代町北
<行き方>県道34号八代南信号北へ 約600m先右折
<駐車場>清道院内 2台
<撮影日>2005年1月
<参考文献>『日本城郭大系』8

【左】清道院  現在は普段無人のようだ。内部は南西部が墓地、北側は耕作地になっている。

【左上】井戸跡  寺伝によると応永5年(1398)武田信成が信州へ出陣中に館が攻められ、信成夫人はこの井戸に 身を投じて死んだので、応永17年にその子信春が母の菩提の為、城を寺に改め虎渓和尚を 開山始祖にしたという。
【中上】信成夫人墓  井戸跡の南側に立つ。
【右上】東側土塁跡  現在は耕作地になっているが、約80m四方の館だったようだ。

【左上】北側土塁跡  北側が一番良好に残っている。土塁手前の部分は堀跡であろうか。
【右上】西側土塁、水路  西側は土塁の外側に水路が通っており、堀があったと思われる。
城郭大系にはさらに外側に土塁を擁していたとあるが、耕作地が細長く続いている状況からすると その可能性もあり、他の三方は時を経て消滅したとも考えられる。

ここより西方約2qの所には武田信重館跡 といわれる成就院がある。


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